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いや、ほんのちょっとだけ。
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「こんなとこでも書いてるんや」「いや、ほんのちょっとだけ…」という内容の、「アオヤマの乱れ髪鉄火場勝負」のメモ版ブログです。Mac立ち上げたらとにもかくにも一言、て感じでウォーミングアップ。青山ゆみこの番外編、日々の走り書きゆえ、ふらりと来てもさっさとどっか行っちゃってくださいー。
 ※商売っ気や性格の悪さが感じられるコメントは勝手に削除します。あしからずー。
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近況報告の独り言、でもないか。ぶつぶつ。

2008/08/20 20:46
カレーばかり食べたくなるから
早よブログを更新しろ!


と、不肖。の後輩にいちゃもんをつけられた
からでもないけど
このブログにふっと立ち寄ってみれば、
そうねえ、ちょびっと放置プレイねえ。


というか、不肖。の後輩のブログも
しょっちゅう更新が途絶えてるやんけ。
あいつ、ほんま、どつくぞ。


という残業中。


ここんところ、
プレゼン用の企画書と格闘していて
同じ文章でもプレゼン用の企画書とは
あたしにとって文系と理系くらいの違いがあって
普段使わない脳みそが刺激されて、
朝方の妙な時間に目が覚めて仕方がない。


文章のタイプというのは、
何をどう伝えるかの方法論により違う。


例えば、
ある大きな人形があって、
その人形の顔の瞳がボーリングの球くらいで
髪の毛は綱引きのロープみたいで
という風に伝えるのか。


あるいは、
戎橋に横たえると
ほぼ橋が埋まる大きさ
と伝えるのかでは全く違う。


つまり、そのものをどうマッピングするか。



さらに、
伝えるためのスピードを
短距離でいくのか、
1000Mでいくのか、
によっても違う。


いや、これは走りと同じで
結果としてそのスタイルになるって感じなんだが。


プレゼン用の企画書は、
100Mダッシュで、
後半ぐんぐんのびてぶっちぎり!
のボルトが理想だ。


言葉の瞬発力。

さらに、そのものズバリがどう、以上に
圧倒的な強さ。
つまり、誰かと比べて一着なのではなく、
誰の目にも較べることがバカみたいに一着。
が理想だ。



というわけで、
そっちが一段落して
いまは中距離の企画書に取りかかってます。


の前のウォーミングアップ。



以上、近況報告でございました。



不肖。こんなんで
よろしかったでしょーか(あー?)。


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華麗なるカレー第二弾「サンド・サンド」。

2008/08/16 14:40
前の記事と同じ紙面に掲載されたカレー専門店を
もうひとつアップしまーす。


これも8月6日産経新聞・夕刊より。
画像




◎老舗の味
サンド・サンド

程よく食感を残して茹でられた
ブロッコリーやカリフラワーに人参。
素揚げされたかぼちゃの甘みが、
4日かけて煮込まれた酸味の効いたカレーによく合う。


ご飯に乗るコーンも、
24種のスパイスと果実が溶けこんだ手作りのルウを
一層と優しい味にしてくれる。


納豆カレーといった多彩なオリジナルメニューの中でも、
野菜カレーは変わらず人気の一品だ。


昭和60年創業以来、
南船場で長く名物だった「サンド・サンド」だが、
昨年5月新町に移転と同時に代替わりした。


現在は2代目の大久保正直さんがカレーを、
そしてフロアは妻の智子さんが切り盛りする。
画像



新町画廊と称した店内ギャラリーも併設。
心地良い空間だ。 


先代のご主人が年齢を考慮して廃業することに決めた。


という話を、
カレーに惚れ込み通い続けていた
大久保正直さんがたまたま聞き、
急遽、名を継いで味を守ることを決意したそうだ。


カトラリーなども譲られた前のまんまだ。


そんな心温まるエピソードも詰まったカレーは、
食べ終わると心もじんわりと温かい。



サンド・サンド←音鳴ります(注意)
大阪市西区新町1-4-26 COI 四ツ橋ビル1F
06・6536・3033
11時〜19時(土曜日11時〜16時)
日曜・祝日
禁煙席なし
野菜カレー800円、
サンドカレー550円、
チキンワインむしカレー800円、
納豆カレー800円。





追記:
博労町にミーツ編集部があったとき、
元同僚のナカちゃんがこよなく愛していて
南船場の撮影の合間に、本当によく食べた
サンドサンドのカレー。


移転したのは知っていたけど、
ちょっと強面だけど抜群にお洒落なご主人が
現役を退かれたのは知らなかったのだ。


けれども、
大久保正直さんがそのカレーを継承し
なんとも温かい素敵なお店で
またサンドサンドのカレーを食べさせてくれる。
奥さんは別嬪で感じいいし、
写真にはいないけどキュートな店長さんも笑顔が素敵だ。


いかにも、すごくいい大阪の今の感じが
お店にもカレーにも詰まってる。


カレーが日常的に人を幸せにする
グルメで語るより街的に語りたいと
教えてくれるような名店です。


あ、にしむらちゃん。ごめん。
勝手に行ってしもた。きゃいーん。




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華麗なるカレー第一弾。船場・丼池(どぶいけ)「カサ・デューク」。

2008/08/16 14:27
というわけで、
産経新聞(関西版・夕刊)で
8月6日に掲載された記事です。

あ、このシリーズは、
ひとつのアイテムから
「平成以降に開業されたお店」と
「昭和以前の創業の老舗」を
それぞれ書かせていただくという企画。


3週間に1回の連載なので
皆さん読んでもらえると嬉しいです。
もうそろそろ1年、いやもっと?になります。

それにしても
自分の好きなお店ばかり、
ご紹介させてもらってます(感謝)。


今回のお店は、
140Bスナイパーの松本創さんから知ったもので、
本当に「どこにもない味」のカレーで
今まで食べてきた中で
もっとも「胸焼けのしないカレー」でした。


あー食べたい。



◎平成の逸品
カサ・デューク

カレーを食べ歩いてきたご主人が、
船場・丼池の実家を改築し開業したのが17年前。
以来、「胸焼けしないカレー」で熱烈な支持を受けている。


 小麦粉を使用しないさらさらのルウは、
高知産の生姜、青森産のニンニクとリンゴ、
淡路産の玉ねぎを5時間かけて煮込む。


一口食べると、刺激的な辛さがびりりと抜けるが、
その奥にルウに溶けこんだ野菜の甘みがじんわりと広がる。
いくら食べてもお腹にたまらない軽やかさで、
食後の胸焼けは、本当にない。


 オクラやかぼちゃの乗る野菜カレーが定番だが、
夏季限定の「完熟トマトと豆のベジタブルカレー」も人気だ。
画像



色鮮やかな豆や丁寧に角を落とした人参などは、
素揚げすることでより甘さが引き立っている。
トマトの酸味も辛めのルウと相性抜群。


近江米のご飯は5サイズから選べ(値段変わらず)、
どのカレーにもサラダとドリンクが付く。


壁には、
広告カメラマンでもあるご主人が撮った常連客の笑顔、
フロアには奥さんの笑顔。それらが目にも美味しい。


カサ・デューク
大阪市中央区本町3-2-1
06・6281・8494
11時〜19時半(土・日・祝11時半〜16時)
無休
完熟トマトと豆のベジタブルカレー780円(5〜10月頃)。
野菜カレー750円。
日替わりカレー750円。
禁煙席なし



追記:
壁に掛けられた華麗なる人々の顔写真は
見ているだけで食欲を刺激するんだけど、
たまたまお店に行ったときも
そのお客さんが来てたりして
なんともええ空気がお店には流れてます。

なんてことないように見えるけど、
すげーいいお店で感激します。
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納涼・牛すじ選手権&レシピ。

2008/08/16 14:07
140Bには「お盆休み」がない。


というよりも、『キョースマ』佳境で
休みどころではない。


というのもあり、
あたしも、併走にもなってないけど、
ちょっと先にある案件の下準備的書き物仕事の日々。


ふっと顔を上げたら
お盆休みというよりは
真夏の週末の午後になっていた。


近づく祭の用事に出掛けた相方がいなくなった
部屋のクーラーを切り、
殺人的に停滞した温帯気圧の中で
冷凍していた牛すじのカレーを食べる。


想像を絶する汗だく。
過去から未来へと繋がるスパイス技。
感動を呼び起こす一本背負いのらっきょ。


などと、
はりきりボーイズ&ガールズと化した
オリンピックの実況を真似ながらひと皿制覇。


あまりの汗に、ぐっちょりなった
髪の生え際のいろんなところがかゆいほどだ。




この牛すじカレーの金メダル候補・牛すじ選手は
二宮の名肉割烹「鶴参」でわけていただいたもので、
カレーにするのが勿体ないものなんだけど、
いや、ほんまに美味しい。


わけていただいた段階で、
それはもう丁寧な仕事で余分なものは落とされ
素晴らしい状態で火を通されて処理されている。


もちろん、そもそも素材のレベルも高すぎる。
その上に抜群の下調理。


牛すじ・フェルプスなのである。



という無駄なく研ぎ澄まされたすじ肉を、
油をひいたフライパンで炒めて香りを出した
みじん切りのニンニクと生姜と一緒に炒める。


=以下、納涼牛すじカレー教室です=


そこに水を入れてローリエも落として1時間半ほど。
すじ肉からのアクはもう出るはずもないけど、
炒めたときの余分の油を取っておくと仕上がりが違う。


の間に、二個の玉ねぎのみじん切りを
飴までいかないけど狐色になるまで炒める。
あたしはサラダ油にバターとオリーブ油も混ぜる。
塩もひとふり。
あたしの場合はこの作業に30分ほど掛かるけど
面倒になると途中で止めたりもする。
あんまり気にしすぎるのはもっと面倒だし。


炒め玉ねぎを別に出して、
そのままの油で、
具用のぶつ切りの人参と玉ねぎを炒める。
というか、油をからめる。


の間に
すじ肉が柔らかくなってくる。


すじ肉スープをお玉ですくって、
炒めてる野菜のフライパンに注ぐ。
ひたひたになるくらいまで注いで、
フライパンに浸かる野菜からアクがでるのを取って、
一気にすじ肉スープを炊いてる鍋に野菜ごともどす。


こうすると、
フライパンについた玉ねぎの旨みも
スープに戻せる…気がするだけなんだけど。


もちろん、炒め油もまたスープに入るので、
沸騰したあとは弱火でスープをさらに沸騰させながら、
浮かんでくる余分な油をこまめに取る。


炒め玉ねぎが油断なくおたまに入り込んでくるのを
阻止しながら、油だけをとり続ける。


そのまま、1時間。


の間に、市販のルーをフライパンでとかす。
超級のとろ火で、焦げないように気をつける。


ルーはあっという間にどろりと溶けるので、
そこにNADABANのカレースパイスをどばどばと振り入れる。
画像


あたしはこのオリジナルルーの方法を
NADABAN DININGで教わったんだけど、
NADABANのカレーはかなり辛いので、
このスパイスも入れすぎると口がファイヤーの大仁田だ。


それでも、大さじ3杯ほどは入れて、
市販のルーになじませるようにいためる。


と、そのカレールーなフライパンに、
1時間半以上煮込んで玉ねぎがぐったりなった
すじ肉&野菜のスープをまたおたまで流し込み、
超級濃厚なルー状態になった液体を
スープの鍋にまた戻す。
そんな風に、フライパンのルーを残さず入れちゃう。


フライパンにこびりつくカレーの匂いも
このやり方ならあんまり気にならないのだ。


ほんでもって、
ルーを入れた後のカレーっちゅうのは、
虎視眈々と焦げ付くのを狙っているので
吹けば消えるようなとろ火で20分ほど煮込む。


のときに、味をみる。


昨日の晩に作ったこのカレーは、
甘みとこく(ってなんや?)が足りない気がしたので
はちみつをどぼどぼ。
冷蔵庫にあまっていたトマトも急遽ぶつ切って投げ入れる。


気分的には、
酸味と甘みをプラスしたのだが、
はちみつの威力は強く、
一気に本格的な味になる。
イメージトーク的な「こく」も深まる。



処理されたええ牛すじが手に入らなくても、
あたしはたまにダイエーとかの冷凍すじ肉を使い、
まず一度湯に通したすじ肉を
2時間ほどたいてから、同じ工程で使ったりします。


思うけど、
あたしの作るすじ肉カレーって、
相当エコじゃない。


ガスはがんがん使うし、
油モン多数で洗剤と水の消費量もすげー。


ほんでもって気の弱いあたしは
カレーを食べながら
サントリーの黒烏龍のペットボトルなんかも飲むんだもん。


ほんで、汗だくになるから
食後にシャワーまで浴びて、ついついクーラーをつけて
がんがんに冷えた部屋で涼みたくもなる。



相当アカン気がする。



なもんで、たいていは
カレーはせめて外で食べることにしている。


エコよりもなによりも、
やっぱりその方が、美味しいんだもん。
ま、それだけなんだけど。


というわけで、
ちょっと前に感動したカレー専門店を二軒。
長くなったので、わけて載せますね。
ひとまず。
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ツモの流れに身をまかせ〜。

2008/08/12 10:39
編集は、人を編んで集める仕事でもある。


日程調整のためのアポ入れをするとき、
いつもそれを実感する。


あたしはアポ入れが嫌いじゃない。
どっちかといえば、好き、だ。


「点」でばらばらの人たち、
書く人・撮る人・お膳立てする人なんかが
するすると集まってひとつの方向に向かう流れ、
その道筋をつくるのは、なんとも言えず楽しい。


が、しかし、
出掛けようとして気づいたけれど、
そこまでの道のりがとんでもない悪道で
どうやってみんなが集合場所に行けばいいのか
見当もつかずに途方にくれるような場合もある。


でも、実は単純なことなのだと
ふと気がつく。


集合場所をずらせばいいだけなんだから。


方法に夢中になると、ときどき
そういう単純なことを忘れて
意味のないやきもきをむきむきさせてしまう。


自分に呆れる。



えっと、アポ入れの作業はこれ以上もなく
スムーズにいくときもあるし、
どうやってもうまくいかないときもある。


で、あたしは、ふと麻雀と一緒だと思う。


すべては「流れ」なんだ。


流れの悪いときの打ち方。


と考えて気がついたけど、
弱雀女のあたしは
流れが悪いときにも無理矢理な打ち方をしていて、
まるで編集の仕事と一緒じゃん。


こうして麻雀をほかのことにからめて
麻雀哲学めいて考えるようになった自分を、
「なんて大人っぽい!」と思う日本の夏。お盆です。


各方面の皆さま、
いろいろとご無理申し上げております。


ごめんちゃい(反省)。



<ご報告>
弊社、代表取締役社長 中島 淳のご母堂 朗子(78歳)様が
昨日8月11日(月)22時15分御逝去されましたので
謹んでお知らせいたします。
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今秋の決意と楽しい宴。

2008/08/09 16:37
北新地の「喰海」で
いわしの煮付けや夏野菜のマリネに
あたしのチャプチェキングである
「喰海のチャプチェ」にチヂミ。


しつこくプルコギに挑んで思い出したけど、
胡麻の葉ラブのあたしは
数々の胡麻の葉を喰らってきたが、
喰海で食べる胡麻の葉以上に
愛が深まる葉を食べたことがない。
よっぽど仕入れ先を聞こうと思ったけど、
ここで食べるから特別なんだろう
と思って、止めた。


そんなマッコリな夜の翌日は、
北新地一無愛想なカウンターである
上通の「鳥甚」で、
肝・葱身・ずり・つくね爆弾でビール。


の後、久しぶりに永楽町の「香川」で
冷やしきつねとおでんでビール。相方は冷酒。


そういえば、「香川」のおでんのスジもまた
あたしのラブだった。



しかし、あたしは北新地の店を知らん女だと思う。
いつも同じ店にしかいかないし、知らない。


北新地ではまだあたしなど若造なので、
一人で開拓するのは気が引けるし、
そもそも北新地は「開拓」する街ではない。
誰かに連れていってもらう街なのだ。
そして、できる人は、誰かを連れていく街なので、
あたしは北新地が好きだし、
相方も北新地が好きなのかもしれない。





仕事柄もあるせいか、
たいていの会食ではあたしが店を決めて
予約を入れることが多い。


もちろん、自分の好きな店に誰かを連れることは
たまらない幸せなんだけど、
やっぱり誰かに連れていってもらう楽しさも格別だ。
楽ちんな上に、刺激的でもある。
まあ、イベントみたいな興奮なんだけど。


特に北新地みたいな街では、
看板はよく見かけていても
その奥がほとんど想像できないことが多いから、
まるで目隠しされて手をひいてもらい、
目隠しを外すと目の前にプレゼントを置かれてたような
なんともたまらない興奮がある。


もちろん、神戸でも、気になっているけど
一度も足を踏み入れたことのない扉がまだまだある。


誰かの後ろをただ付いていって
その奥を見てみたい。


でも、残念なことになかなかそういう機会が少ない。
ちょっと、寂しい。


ツトメニンを辞めてからは、
ミーツはもとより
ほとんどお店情報の雑誌を読んでいない。
雑誌は好きだけど、
ガイドブックは苦手だからかもしれない。


なもんで、新しい店に行くのは
元町や三宮で見かけた新店・
知り合いから紹介された店くらい。



なので、実は、
あたしの周辺のみんなが思っているほど
新しい手札を持ってる訳じゃないのだ。



というわけで、
今年の秋は「みんなの手札」についてく宣言。


いや、夏は、いいねん。
秋になったら、いろんなもんが美味しなるしね。
夏はビールが美味しいから
それだけで楽しいし。


そういえば、昨夜もそんな夜でした。


シャンハイ兄さんとヒラオくんとコトエちゃんで
元町の「うたげや宴場」で異様なピッチでグラスを連打。


まあグラスだけじゃなくて、
アテの皿も相当連打したけど。


あたしの打ち上げ花火になった
南京町のケープタウン「パブ・ケネス」の生ビール。
泣きたくなるほど、ここの生ビールは美味しい。


でも、仕事してたマスターを無理矢理座らせた時点で、
相当できあがってることが露呈。
マスター、ごみんなさい…。


自分から逃げるようにタクシーに飛び乗り
朝方、和室で変死体を発見。


サバンナのように渇いた喉にお茶を流し込んでいると
「風呂入れよ。昨日帰ってきたときから
顔がなんやところどころ剥げて汚いぞ」
と、相方から注意勧告を受けた。


念のためにいっておくと、
ところどころ剥げた化粧が汚いんじゃなくて、
塗り壁が剥げて剥きだしになった素顔が汚いんだけど。


つらいっす。











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ひと段落の「仕事」の独り言。

2008/08/08 11:52
このところ新規仕事が続いていて、
ひと段落しかけている今も、
スライドでニューワールドへ移行中。


といっても、移行できるかの初期段階。
頑張って企画書書いております。


その仕事は、かなりやりたい案件だし
いまひと段落している仕事も、
やれて嬉しい仕事なんだけど、
先様ありきの案件なのでまだ詳しくは書けず。
完成したら「あたしがこの仕事を嬉しく思うわけ」を
思い出美術館風に話してみたいと思う。


あたしの「街的」の原風景にも関係するから。


考えてみれば、移行先の仕事は
その27年ほど前の原風景から紆余曲折があり、
思えばごく自然にその方向にたどり着いた。
の、現在進行形の場で、
あたしがもしその仕事を「するならば、
おそらくたくさんのことを
また知るだろうことは想像に難くなく、
それにはかなり興奮させられる。


あたしは、こないだも書いたけど
雑誌編集者になりたい!
と思っていたわけではなくて、
たまたま「神戸をなんとなく知ってる」というので
出版社に拾い上げられ
ノリ一発で雑誌編集者になった。


雑誌はもちろん好きだけど、
活字もなにより好きだけど、
やっぱり「街」が一番好きで、
それは街もあたしもどんどん変化して
飽きないからだ。


街というのは、もちろん人で、
人が流動的な場所をあたしは「街」と呼ぶ。


抽象的でも具体的でも隠喩でも
なんでもいいんだけど。


なので、
あたしが最近かかわっているニューワールドは
以前の雑誌編集とはまた違うけど、
根本的にはなにもかわらない。
むしろ、あたしにはシンプルでてらいがなく
やっていて楽しい。
自分でも意外な楽しさがある。


と、抽象的な話でごめんなさってくださいね。


それと、ときどき自分が
リフォーム屋になった気分もする。


せっかくいい生地でまだまだ着られるのに、
これじゃあ時代遅れだし勿体ない。


そんな媒体をリメイクして再生する。
それでなにより嬉しいのが、
またその服が着られると喜ばれるように、
その媒体を「読む」人が増えることだ。


あたしは誰も読まない活字媒体を
自分が進んで生産することだけは
どうにも我慢できないし、なにより悲しい。


活字媒体は、
読まれてなんぼ。
フリーであろうと商品であろうと
それはまったく変わらない。


140Bのメンバーはみんなばらばらの性格・性質だけど、
ここは誰も言うまでもなく触れないほど、
大前提となっている。


当たり前じゃないの。


と、思う人もいるだろうけど、
意外とそんなことない現場は多いのだ。


ルーティンで出す月刊誌。
広告のために作る特集。


白い隙間をうめるために
文字を書き写真を使う。


読者ではなく、
スケジュールや惰性で
誌面を埋め続ける…
という自分がもう見えなくなる。
そういう人は結構多い。


あたしだって、きっとそんなときも
あったんだったろうな。
いや、あったよなあ(遠い目)。


今はそんなことなくて、
新しく生み出す活字媒体が楽しくて仕方がない。


たぶん、どっか楽してる。
さしてもらってるってことよね。


仕事ってそんなうまい(甘い)具合に
いくもんじゃないもんね。


なんて反省しつつ、
企画書書くであります。



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夜中の独り言は明日の朝読むのが怖い。書き逃げ。

2008/08/05 02:04
ヒラオくんのブログを読んでいて、
ふっと思い出したことがある。

http://canvasdialy.blog.so-net.ne.jp/2008-08-04


いや、話には関係あるようでないんだけど。
いや、あるのかなあ。
まあ、いいか。


あたしはここ10年ほど文章を書いたり編んだりして
おまんまを食べさせてもらっているんだけど、
その間に、2回だけ、「書けた!」と思った瞬間がある。


1回目は、初めて人に見せることを意識して、
というか、書きながらは意識してないけど、
それを前提として書いたとき。


それはつまり、前の職場である出版社への
応募作文だった。


「嫌いな雑誌」というお題の作文は
400字詰め原稿用紙で2枚の短いものだった。


そもそもなぜその作文を書こうと思ったのかというと、
新聞でみたその出版社の求人広告のそのお題を目にして、
「書きたい」と思ったからなのであるが、
そもそも実は出版社を受けたいなどとは
思っていなかったのである。


あたしが出版社を受けることになったのは、
その会社の課題作文が、
どうしても書きたくなったからだった。


と、思ったものの、
漫然と毎日が過ぎたある日。ある晩。


突然、あたしの脳裏に
ある女の部屋のベッドの下に
2種の女性誌がチラリと見える場面が浮かび、
それはその7年ほど前に目にした光景なのだが、
その光景があたしに一人の女の話を書かせた。


引っ張り出した原稿用紙に
鉛筆で一気に書き上げて、万年筆で清書して
翌日に履歴書とともに投函した。


編集経験者を募集していたその求人枠で
「作文が一番やった」と後から上司に教えられた。


あたしはとにかく、その夜の経験以降、
文章を書く楽しさ、人に読んでもらう快感を覚え、
そしてそれでご飯を食べさせてもらうようになった。


ただし、素人のど自慢で優勝したものの
芸能界に入ってみれば…
という状態に近く、
新しく同僚になったうちの何人かは、
力の入りまくった
自慰行為のようなあたしの文章とは全く違う
洒落てスマートでかっこいい文章を
肩の力の抜きながらさらりと書きまくっていて、
それから2年ほどの間、
書けば書くほどあらがみえて読み返すのも嫌になる有様。
文章を書くことも、人に読まれることも
どんどんと苦痛になるのに、
書かねばならない機会は増え、
自分がどんどんと下手になるのが辛かった。


そんな時に、
ちょっとした記念号があり、
それぞれの書き手が大好きなお店や人について語る。
という特集企画があった。


あたしは10本ほどのスペースを与えられ、
いざ書き始めてみるも書けない。
どう書いても、そうじゃないようにしか思えない。
あたしの思いのたけを伝えようとするのに、
書きながら伝わらないだろうというのがわかる。


おそらく、デスクからの締め切り日を2日過ぎて
なのに、日長うんうんと唸って、
泣きたいような吐きたいような、
そんな気分で原稿を持ち帰った最終締め切りの直前。
自宅で半べそをかきながら、
書いては消しを繰り返していた朝方の5時前に、
突然、ふっとひとつのフレーズが頭に浮かんだ。


それは今までにも何人もが何度となく書いてきた
老舗の中国料理店だったんだけど、
ふっとあたしがなぜその店を好きなのかが、
そしてみんなにも好きになって欲しいという思いが、
あたしの中からこみ上げてきて浮かんだフレーズだった。


いや、フレーズ自体はなんてことのない
今までにも誰かが言ってそうなものだったんだけど、
あたしはその言葉が、紛れもなくあたしから出たことを
体で感じて胸がきゅーっと締めつけられ
心が震えた。
あたしの言葉に震えたんじゃなくて、
書きながらいろんなことを思い出さされて
その不思議な感動に震えたのかもしれない。


それから、他の9本の原稿も
どんどんと最初のフレーズが浮かんで、
朝の10時くらいに一度会社に電話をして書き続け、
正午あたりに全部書き上げたので
出社して手書き原稿をパソコンに打ち込んで、入稿。


あたしは今でも書けなくなると、
最初のときと、そのときの
ふっと書けたときのことを思い出す。


もちろん、その2回ともの原稿は
今読むと拙いけどなんとなくあたしにはグッとくる。


おそらく、誰よりもあたしがぐっとくる文章が
そこにある。


あたしがグッとくる文章でなくては
あたしには意味がない。


まず、誰よりもその文章に飽きる可能性が高いあたしが、
「はっ!」とさせられないようでは、
誰のこともはっとはさせられない。


つまり、あたしが知らない、知りたかった話を
あたしが生み出さねばならないんだけど、
ついついストックをひっぱり出そうとしてしまう。


話がどんどんとわからない方向に行くんだけど、
やっぱり書けないときはとことんまで書いて
それでも書けないけど放りださずに書いて、
なんだかもう何書いてるのかよくわかんないよ、
となったときに、
あたしがこんなことを書いていた!
となるのが、一番楽しいよね。


という経験をしたから、
あたしは今でもこうして
だらだらと書き続けているのかもしれない。


それがあたしのブレイクスルーだったのかな。


と、ヒラオくんのブログを読んで
思ったのでありました。


げ、こんな時間。


本読んで寝ます。




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マイ・ジャルジャル・セレクション。

2008/08/05 00:02
映画コラムの締め切りがせまっているので
Macに向かってみたけれど、
なぜかYOU TUBEでジャルジャル検索の失態。


いや、お笑いはそんなに
趣味でも特技でも自己アピールの場でもないけど。


ジャルジャルのハマるネタは
異様にずぽりとハマってしまう。


初のYOU TUBEで連続花火的にいってみます。


これがあたしがハマったセカンド体験コント。
ちなみにファーストコントの
「英会話」はYOU TUBEで見つからず。

ジャルジャル コント「野球部」



「野球部」と同じ流れで
ジャルジャルの名人芸
ディスコミュニケーションの極地。

ジャルジャル コント「病院」



ロケット的な加速がたまらない。
前半は、まあぼちぼちっていうのもいい。

ジャルジャル コント「幼なじみ」




あたし的には新境地。
これもロケット的に徐々に加速。

ジャルジャル コント「ボクシング」




実はあたし好みではないが
相方の大好物。

ジャルジャル コント「口笛訪問」




「口笛訪問」の顔芸のすごさが
これでよくわかった。もう…なんちゅうか。

ジャルジャル コント「熱烈KISS」




ちなみに、2人とも
関西大学第一高等学校ラグビー部出身です。
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やっぱり、繋がっている。

2008/08/03 21:15
仙台市生まれの甘粕正彦の家系は
佐野眞一著『甘粕正彦 乱心の曠野』にこう書かれている。

豊臣秀吉の世になって、越後から会津に国替えとなった上杉家は、関ヶ原の合戦で西軍に参加して敗れたため米沢に移封され、甘粕家も主君の上杉家に従って米沢の地に移った。この間、甘粕家は米沢藩に仕える禄高五十万石の中級武士だった。
 甘粕近江守から数えて十二代目の春吉が、甘粕の父である。春吉が生まれた万延元(一八六〇)年からほどなく明治維新があり、次いで廃藩置県が施行されたため、甘粕家は春吉の父親の代に家禄を失った。

 
〜中略〜

 甘粕の十六年下の弟の甘粕五郎がまとめた「甘粕家の人々」という手記がある。これによれば、戊辰戦争で会津藩とともに賊軍にされた旧米沢藩士の春吉が、名誉を挽回するため、元士族の警士募集に応じたことが、警視庁入りするそもそものきっかけだったという。
佐野眞一著『甘粕正彦 乱心の曠野』P31



いま大河ドラマはちょうど幕末舞台なんだけど、
幕末の歴史に触れる度に、
幕末は明治で終わったのではなくて、
あの太平洋戦争の終わりまでずっと続いていて、
というか、
戦後の闇を抜けてさらにたった今まで繋がっているのだと
胃の奥がずんと沈む。


それが歴史なのだ。


という単純な話なのだが、
あたしが生きてる間に知ることができる「歴史」なんて、
宇宙でいうと、
ゴミみたいにちっこい星同士がぶつかったときに
できるかけらよりもちっこい程度のパーセンテージで、
だからこそ、
歴史を知るとには重要なのは「量」ではないと思う。


あたしがそう思うんじゃなくて、
多くの先達がそう教えてくれている。


しかし、何を選択するか。
どの方向から見るか。
どうとらえるか。


突き詰めていえば
間違いないと立証できる歴史的事実など存在しないように、
全ての解釈は後の時代を生きる誰かに委ねられる。
その責任は重い。
そして、その責任は全て平等に取らされている。
そして、それは歴史だけの話じゃない。


それが、歴史を学ぶ、ということなんだ。
と、こんな年になって知った次第。


考えるべきこと山盛り。
明日は校正フィニッシュがてんこ盛り。

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テレビでは、誰も言わないあの話題。

2008/08/02 17:09
言うまでもないけど、
出版界を含むメディア業界には
たくさんの「タブー」がある。


例えば、あたしがいるような端っこでも
「広告主を批判する」ことはそのひとつ。


ていうか、タブーというよりも
まあ商売のタブーともいえるけど。


タブーに挑み続けた雑誌『噂の真相』では
皇室・政党も持ってる宗教・電通(広告代理店)
なんかのゴシップネタをよくスクープしていた。


こないだ、テレビ好きの知り合いと話をしているときに
「そういえば、あんまりそういうスキャンダルを
テレビでみたことないわよねえ」と言われて、
なんだか妙に腰が抜けた。


なんでしないの?


というウルトラ素朴な質問に、
「いろんな意味で損したり困ったりする人が
いるからだと思います」と
乱暴すぎるほどシンプルにお答えした。


そんな話をしていると、
ちょうど先日発売された週刊現代のネタを別方向からほられ、
もちろん下世話女のあたしはチェックしていたので
嵐のリーダーの大疑惑ですよね」と鼻息を荒くすると、
再びテレビ好きの知り合いが
「え〜〜〜〜〜〜」と驚愕し、
どうしてそんな大事件がテレビで報道されないのか。
ときゃーきゃー叫んでいる。


嘘かほんとかわからないから?
あ、でもそんなスキャンダルでも
いっつもワイドショーでやるよねえ。
あ、そっか、
ジャニーズ事務所が損するから?



という彼女に、
「嘘かほんとかはわからないけど、
嘘でもほんとでも
その話題が出ることでイメージが悪くなるし、
イメージが悪くなるとジャニーズ事務所も困るけど、
ジャニーズのタレントを起用している企業や
ドラマをやっているテレビ局や
そしてそこでお商売している
広告代理店も損するからですよ」
とお答えする。


それに、
もし自局のワイドショー番組でその話題を取り上げて、
「もうユーのところにはうちの子誰もださないよ」
みたいなことをもしジャニーズ事務所に言われたら、
ていうか、
あたしがタレント事務所の社長ならそう言うかもしれないけど、
もうドラマにもバラエティにもSMAPもV6も堂本くんたちも
誰も出演させられなくなっちゃうんですよ。
きっと困りますよね。


えー、そんなんやったら、
もうテレビ面白くないやんー。
コマーシャルにも出ないの?
さみしいねえ、なんだか。


そういう人がきっと多いだろうと思って、
テレビ局は「自粛」するんですよ。
ジャニーズのスキャンダルは。
視聴率至上主義ですから、テレビは。
広告代理店も使いやすくて
お商売になるタレントが減るのは、
いいお肉を仕入れられない精肉店のように
商売あがったりですよね。


あ、そっかー。ほんまやねえ。
でも、梨本さんとか井上公造さんとか
誰も聞きにいかないの?
みんな知らないの?


ほら、嫌がられてもう二度と取材できなくなると
困っちゃうじゃないですか。
わたしでいうと、取材拒否って
やっぱり困るでしょ。


こまる、こまるよねーきっと。
ええー。じゃあ、今までたまにテレビでやってた
スキャンダルはどうだったの?
ほら、菅野美穂と稲垣くんが付き合ってるとかそういうやつ。


それはスキャンダルじゃないんですよ。
算盤はじいて「得」になるから
あえて事務所側も報道許可を出してるんじゃないかなあ。


ええーー、報道許可ってなに???
許可されないとテレビで報道できないのぉ??


いや、そんな噂もあるんですよ。


なんかこわーい。


ほんと、怖いですよねえ…。


ねえ、ねえ、そういうの、
みんな知ってるの?知らないの、わたしだけ?
しょっくー。


うーん、テレビしか観てないと
テレビが報じないことはわかりませんもんねえ。
でも、「週刊現代」もそうだし「サイゾー」もそうだし
けっこう、雑誌ではよく書かれてますよ。
ネットでは、お天気の話題くらい
ふつうにみんなしてますけど。


ええ、ヤフーニュースに載ってた?


いや、わかんないですけど。


どうやってそういうの読むの?
ネットもするけど、そんなん見たことないわー。


そうですか?
散歩してたら自販機見かけるくらい
どうするっていうか普通にあるからなあ。
あ、散歩しまくったらどうですか?


そっかあ、わかった。


なんて会話が続いた。




渦中の嵐のリーダーも
芸能界から抹殺されそうなほどの
大スキャンダルだけれど、
彼とともに動いているであろう
超巨額なお金を考えると、
人が死んでもおかしくないほどで
背筋がひやりと冷たい手でなでられたように
不気味な心持ちになる。


それよりももっと、
とりわけテレビメディアのあからさまな黙殺ぶりが
なによりも不気味だ。


あたしは間違いなく、
情報操作された社会に生きていることを
ひしひしと実感する猛暑の週末。
暑いのに、サムい。






校正作業がありいけなかった
神戸女学院の豪華な講演会が
どんなだったかなあと思いを馳せていたら
少しずつ夕方の色が濃くなってきました。


養老先生の毒舌ぶりは
活字やテレビではほとんど水みたいに薄められているけれど、
講演を聴きにいくと、濃度100パーセントで
ものすごく刺激的で最高に面白い。


今日はどんなお話が展開されたかなあ。
ふむ。



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佐野眞一著『甘粕正彦 乱心の曠野』。

2008/08/01 11:21
この時期ということもあり、
HNKでは連夜戦争体験を語る番組が放映されている。


ちょっと前に平川克美さんとお話したときに、
「俺だって、戦争は見てねえんだよ」とおっしゃっていたが、
つまり、戦争体験をした人間というのが
どんどん少なくなっているという話だ。


直接に誰かから戦争体験を聞くということは
あたしにはほとんど経験がない。


ただ、
例えば、平川さんからもそうなのかもしれないけど、
戦争体験を聞いて育った人間の話は
知らず知らずのうちに耳にしたりしている。


身近でリアルに戦争を体験した人間が語る言葉を、
1950年生まれの人間は体でおそらく聞いている。


2008年のいまはまだ、
そうした戦後生まれの人間がまだ日本にはいて、
ダンカイであるからそれもわんさかいるわけだけれど、
何十年かしたらわんさかいなくなっていくはずで、
つまりもう日本には、
戦争を体験した人間も、
その体験を聞いて育った人間もいなくなる。


戦後生まれの人たちは、
もしかしたらその親世代が戦争を話したがらず
ほとんど実は戦争体験なんて耳にしていないのかもしれない。


神戸もそんな感じで、
地震についてみんなあんまり話したがらない。
辛い思いをした人ほど、その口は重い。


でも、あたしたちはいつでも
それがそこにあることを知っている。
口にしないからこそ、
重たくそこに地震と震災後の悲惨がある。


戦争のこともそんな感じなのかな、と
勝手に想像してみるのだが、
あたしは自分の後の世代に
そういう風に戦争を伝えることはできない。
あたしには、何もそういうものがない。


そのことを考えると、
ふっと腹の奥に漬け物石でも置かれたような
どんよりと重たい気持ちになる。






宍戸兄ぃに借りた佐野眞一さん甘粕本が滅法面白い。


佐野さんの『阿片王』と同時代の、というか
昭和の歴史の全てがそこに暗く流れ込む満州を背景に、
阿片王の里見甫や甘粕正彦がそこに生きている。


戦争に荷担した人間たちが
暗闇の時代をいきいきと生きている。


甘粕正彦については、
「大杉栄を殺したヤツ」「満州で相当悪いことしてきたヤツ」の
漠然としたイメージしかなかったのだが、
本当にそれがあまりに漠然としていたことを
執念であぶりだすような佐野眞一の筆で思い知る。


しかし、やっぱり満州にたどりつくよなあ。
歴史の闇はそこにどろりと溶けこんでいる。


ちょっと前に山口淑子さんがテレビに出ておられて、
「李香蘭ってまだ生きてたんや!」とショックを受けた。


あたしの中で、李香蘭=山口淑子とは
もはや映画のなかの登場人物のような
あまりに非現実的な存在でしかなかった。


その彼女が、あたしが暑い暑いとうだっている
この日本で同じ空気を吸って生きているなんて。
だって、満映の李香蘭だぜっ(衝撃)。


1920年生まれとは信じがたく
やっぱり綺麗な人だった。


「あさはかだった」と彼女は満映での映画出演を語っていたが、
あたしはもっともっと彼女の口からいろんな話が聞きたい。


ミュージカルもそうだし、
さまざまな形で彼女の体験を知ることができるが
おそらく墓場まで持っていく多くの事実を
あたしたちが知ることはないだろう。


彼女が口を閉ざすことで、
そういうことがある、ということを
リアルに知ることができる。


確かにそこには何かがあった。
それはあたしたちが想像もできないようなことなのだ。


沈黙の存在が
そのことを強く訴えてくるのだ。





佐野眞一さんの『甘粕正彦 乱心の曠野』を
貸してくれはった宍戸兄ぃにかなりの感謝。
画像



阿片王』が未読の方は
それはとんでもなく勿体無いのでこちらもぜひ(脅迫)。
画像




ちなみに、アナーキスト大杉栄関連なら
宮崎学さんの『神に祈らず―大杉栄はなぜ殺されたのか』も
かなり面白いです。
ただ、途中から大杉栄の話かオレ(宮崎学)の話か
わからなくなるほどの心酔ぶりなんだけど
それもまた面白いです。
画像


えーっと、
満州関連でお薦めの本があれば
ご一報お待ちしております(ぺこり)。


しかし、佐野眞一さん、ほんまにすごい。




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言葉を尽くした謝罪会見。

2008/07/31 12:03
タレントがやっている料理店で食中毒が出た。


もちろん、そのタレントは謝罪会見をする。
普段の「お笑い」の顔ではなく、
経営者としてのスーツの顔で、
真面目におそらく本心からの謝罪。


あたしには疑いようもなく、
彼は反省しているように見える。


本人じゃないから推測の域を超えることは不可能なんだけど、
根性の悪い人ではなさそうなので、
きっと本当に反省しているのだと勝手に確信した。


謝罪会見で発表した今後の対処は
メディア的にほぼ100点満点だったはず。


メディア的に?


ここ最近の「食」の不祥事で
メディアが、コメンテーターが
「こうするべきでした」と指摘した点で
漏れていたものはないと思う。


メディア的に完璧。



あたしにはふと、その謝罪会見の現場が目に浮かぶ。


たくさんの報道陣。
新聞・雑誌などなどのメディアな人たち。
彼らに対して、彼らが納得するように
そのタレントは謝罪したはずで、
あたしなら、
目の前の報道陣に心の底から申し訳ないことをした。
そう情けなく、その今の気持ちを告げて
許しを請うただろう。



ここ最近みた中で
最もメディア的に模範的なその謝罪会見を見て、
タレントが反省していようがしてまいが、
あたしにはそんなことは結局重要じゃないんだと気がついた。


あたしのわだかまりは
謝罪の内容や改良点などでは解消されないからだ。


あたしは仕事柄もありたくさんの飲食関係の現場を
取材させてもらったり個人的にお邪魔させてもらったり
してきたけれど、
結局のところ、あたしの中でのお店のジャンル分けというのは
二つしかない。


洋食・お好み焼き・喫茶店などなど
そういうものではもちろんなく、
「店主が店に立つ」店と、
「店主が店に立たない」の
ふたつ。


たまに店をのぞくけど、あるいは、仕入れはするけど。
などなど、
「店主が店に立たない」場合でも、
いろんなパターンもある。


どっちがいいとか悪いとかは難しい。
店主でなくても、
店主より熱い思いの店長も少なくなかった。


ただ、あたしは「店主が店に立つ」店に足が向く。


もちろん店主がいても、
二度と行きたくない店もある。


単に業務形態でそのことを語るのは
難しいというより乱暴なことなのだ。


「私に責任がある」という彼は、
テレビにもでないといけないし忙しい。
忙しいから果たせなかった責任が
彼がいうように「自分の責任」で、
今回は食中毒として出てしまった。


責任というのは簡単に果たせない。
どう果たしたら、
果たせたといえるのかもわからない。


だから、お店に責任を感じる店主は
お店を人に任せられないし、
自分がお店に立つ範囲でしか
今後果たせるかどうかの責任を全うできる
とは思っていない。


あたしは、常々、
客にも客の責任の果たしようがあると思っている。


お店でやり取りされるのは
金銭だけではないのだ。


だから、金銭以上のことが
やり取りされたりもする。


しかし、客の責任ってなんだろう。


なんでもお店側の趣旨を受け入れること?
違うよなあ。


わざわざその店を選んだのは自分だ。
と認識することかもしれない。


それを認識するだけ、かもしれない。





謝罪会見であたしが知らずに期待していた言葉は、
「もう、今後は焼肉店一本で勝負します」。


言うべきだ、ではなくて、
聞きたかった、であるが。



報道陣の誰も突っ込まなかった
「今後、タレントと経営者とどちらに重きを置くのですか?」
「二足のわらじならなんとかいけるかもしれないけど、
店舗が増えて三足四足のわらじでは無理があるのでは?」
そんな言葉もメディア側から、聞きたかった。



ずっと前に、
「お笑い芸人としては日本一おもんないけど、
お前は日本一おもろい焼肉屋店主や」と
紳助がそのタレントに言ったのを思い出す。


さすが、敏腕経営者だと、
そう言いつつ後輩の店の宣伝をしていたことに
良い気分でなく感心したことを思い出す。



たぶん、そのタレントの店の子たちは一所懸命で
親族の誰かもおそらくお店に出ていて
そう悪い店ではないんだろうなあ。
良い店かはわからないけど。行ったことがないから。


テレビでみる限りは
そのタレントは誰かを騙してやろうとか
考えたこともないように見えるし(願望も入る)、
単に人気もお金も欲しかった芸能界スタンダードで、
善悪ではやっぱり店を語ることはできないように思う。


ただ、あまりにメディア的に優等生の謝罪会見は
あたしには「彼および彼の店がなんだか違う」
ようにしか思えなかった。



あたしの大好きな洋食店やカレー屋や
居酒屋のおっちゃんやおばちゃんが、
例えば同じようなトラブルを抱え込んだとしたら、
あんなにすらすらと模範解答を述べて、
すばやく対処できるだろうか。


店が混んできてえらい待たされたり、
その挙げ句間違った注文が目の前に置かれたとき浮かべるような、
顔から汗を流しながらの
申し訳なさそうな表情がどこかに見えるだろう。


現場で理不尽で不本意なトラブルに揉まれつつ
日々、厨房に立つおばちゃんおじちゃんたちから滲むだろう
その表情は、なんとも言えない複雑なもので、
その顔にもはや言葉はいらない。


タレントの顔にはそれが見えなかった。
申し訳ないという気持ちはもちろん見えるけど、
なんとも複雑な言い訳したいような顔が
見えなかった。


いや、見えそうになったものを、
言葉が隠してしまった。


言葉は過ぎると
本当に伝えたいものがなんだか見えなくなってしまう。


今日のあたしのブログのように…どよん。
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自分の仕事。

2008/07/29 23:33
「自分の仕事」というものはない。


久しぶりにチーム仕事をすると、
そのことを思い出した。


あたしの担当の仕事はもちろんあるけど、
それは植木鉢で見えている茎や花みたいなもので、
下の根っこはみんな繋がっている。


誰かが水をやりわすれたら、
あたしもうまく花を咲かせられない。


誰かが水をやるのを忘れそうになったら、
代わりにこそっとやればいい。
そのことも「自分の仕事」なのだ。


と、誰かも思ってくれているから
あたしもいつでも呑気に花を咲かせられる。


チーム仕事で一番うまくいかないのは
誰もが「自分の仕事」を完璧にこなそうとする場合だ。


自分の完璧さは、誰かの迷惑になる場合もある。


「自分の仕事」だと思っているそのことが、
いったい全体のどの部分なのか…
と考えてみれば、
「自分の仕事」の範囲はたいてい
思っていたものと全く違う。


見当違いにもほどがあったりもする。


あたしの仕事を決めるのはあたしじゃない。



あたしじゃない仲間が、
あたしの仕事を決めるのだ。



なんか、いろいろ、忘れてましたなあ。



ていうか、怒ってばかりいましたなあ。
「自分の仕事」に夢中になって。


と思ってる今の瞬間にも
見えてないものがわんさかあるんやろうなあ。


と、反省させられた火曜日。


まだ、火曜日だぜ。


しまっていこー!






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鶏鍋とマジックとあたし。

2008/07/29 11:56
先週のことだけど、
文学の兄貴&お洒落番長のハット嬢に
まぜてもらって、
北新地のあまのじゃくな鶏鍋。


いつぞやかにも書いたけど、
「インド亭」でタンドリーチキンとチキンカレー食べた後に
「丸萬」で手羽先と皮を
「いつものように」と注文してしまうほど、
あたしは鶏女でもある。


いや、鶏・豚・牛でどれかを一生食べ続けるなら
ぶーぶーらぶー。なんだけど。


でも、実のところ20代後半までは
鶏一筋の女でもあった。


そこのところは旧友たちなら
激しく頷いてくれると思う。


さておき、
そんな中断しかけの鶏女人生を反省させられるのが
あまのじゃくな鶏料理店である。


はじめてのときは、
ナニワノワールの男前・黒川博行さんが
「紹介するわ」と引き合わせてくださった
トリイ兄ぃの導きによるものだった。


初対面のトリイ兄ぃがあまりに感じよくて、
黒川博行さんはええかっこすぎるし、
あたしはひとり舞い上がりながら動悸をおさえ
3人でひたすら映画の話をしていた真ん中に
くつくつと白い鶏鍋。
あたしはたぶんその光景を忘れないと思う。


その後も大事な人たちと行った。


そしてまた、
文学の兄貴&お洒落番長のハット嬢も大事な人なのだ。


あまのじゃくな鶏鍋を「美味しい」と言ってしまうと
それではあまりにいろんなものが足りなさすぎて、
つまりはそう言いたいけど、だから言えない。


かといって、グルメ的に記号を連ねるのは
なによりも無粋極まりなく、
ご主人に申し訳ないような気がする。
奥さんは笑ってええよええよと言ってくれそうだけど、
それではこちらが良くない。


なんていうか、
「ありえへん」とは言っておきたい。


ちなみにあたしはこの店に予約を入れるときは、
電話でなく直接店に行ってしまう。
予約を入れるためにまず店に行く。
ちょっと意味不明なんだけど、
あたし的にそれが突き出しめいてまた美味しい。


先週の鶏鍋はお洒落エッセンスまでたっぷりで、
妙な3人だと思いつつ、
考えてみれば
いつもの2人にあたしが混じっているだけなので、
あたしが妙なのだと気がついた。


それにしても、楽しく美味しい時間だった。


ご主人と奥さんに御礼を言いつつ外に出るや、
文学の兄貴は北新地の住民の顔で
歩くごとに毎度毎度の挨拶攻撃を受ける。


「なにもの!?」


とのぞき込んだ顔の「よ〜うきなこと」。


あたしの好きな「親子茶屋」で
大店(おおたな)の旦那が宗右衛門町に
出向いたときのような顔。
あたしは北新地が好きだが、
本当に好きなのは「北新地好きの顔をみる」
ことなんだと、また発見。


しつつ、
文学の兄貴が北新地の住民の顔になりつつ、
マジシャンの兄貴になる「バーノンズバー」へ
連れていってもらう。


マジシャンももの書きと同じで
芸に人生が滲む。


とグッとくる前に
「えーなんでー!!」
とそのマジックに驚くしかないのであった。


目の前でマジックを見たのは
生まれて二回目。
はじめてはマジシャンの兄貴その人の芸。


マジックも落語と同じで
発信側と受信側の同期が大事なのだということを
強く感じたのは、
落語もマジックも
はじめましてでぴたりとそれがきたからだろう。


年を重ねる度に
シンプルな芸というものが
とてつもなく奥行きをもって感じられるようになる。


という可能性は間違いなく感じるが、
芸そのものは
あたしではまだまだ感じられていないのだろう。


なにやら、「芸ごと」づいてまんな。






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夜中のぐーぐーな独り言。

2008/07/28 02:12
久しぶりに原稿で夜更かし。


明日起きて続きを書こうと
一旦筆を置いてみたら、


お腹空いてる、あたし?


いかん。
こんな時間にお腹など空いてどうするっ。


しかし、このままでは空腹で不眠修業。


『千日回峰行』の堂入りで読んだが、
9日間の不眠不臥に断食(水も)の間、
不眠というのは特に辛くもないのだそうだ。


「空腹になると睡眠欲はなくなる」とか。



確かにっ(体感)。


と書きながらもお腹のぐーぐーがひどくなっている。
ぐーぐーだって、猫の話ではないのである。


食べるべきか寝るべきか。
それが問題。


ともあれ、目がさえまくっているので
もすこし原稿を書くことにします。


どうでもいい更新ですんまそん。

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あたしを震わせる麗しの姉さん。

2008/07/26 08:03
ふっと起きてパソコンをぱかりと開くと、
麗しの姉さんから玉のような原稿が届いていた。



す、す、すごすぎる…(感動)。



着信時間は朝に近い夜更けで、
そんな時間までかかっても
多忙の中書き上げてくれた原稿は、
ある仕事に対してのインタビューからの考察
なんだけど、
もはや学会に発表したい論文ほどの
確かな知識と経験に基づいて
そこに愛の溢れまくる文章だった。


これは、麗しの姉さんにしか…
書けんっ!!!


つまり、こんなの彼女の口からしか
聞けんっ!!


達者であるとかもっともらしいとか
そういうことだけでは
文章は人に感動を与えない。


これは、
これを書いたその人からしか
発せられない。


その奇跡が
読み手を興奮させるのである。


今はまだ製作中で1発目なので
思わせぶりこになり申し訳ないのだが、
完成して発行される頃には
皆さんも自由に手にお取りできる媒体なので
お知らせしたいのでありました。


しかし、麗しの姉さん…素敵すぎですぜ。


久しぶりに原稿をいただいて、
あたしは初めて彼女の原稿を読んで覚えた感動も
思い出してのでありました。


ミーツ時代なら、
隣の席のカンちゃんにすぐ回して読ませて
カンちゃんから抜群の渋くポイントをついた
知的なコメントをもらっていたことだろう。


そういえば、実際に
そんなことがよくあった。
逆に、感激したカンちゃんから
「松澤さんの原稿、めちゃくちゃいいです」と
プリントアウトほかほかの刷り出しを
読ませてもらったこともあった。


あたしは人に褒められるのが大好きな
甘えた女であるが、
もっともの好物は「玉稿」であることを
朝イチの松澤壱子さん原稿で思い出したのであった。




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上方落語ディズ@米朝一門会。

2008/07/23 10:57
夕方からいそいそと神戸クラウンプラザホテル。
てどこ? 
とあたしも思ってたんだけど、
かつて新神戸オリエンタルホテルと呼ばれたホテル。


元オーパから4階ロビーに上がると、
以前とはがわりと変わったシンプルな内装。
宅見組長が射殺されたりあたしが見合いしたりした(えっ)
喫茶空間も姿を消していた。



それはそうと。


落語&トークショーにディナーがついた米朝一門会。
諸事情によりロンリネスな独りディナーの寂しさをひいても、
めちゃくちゃ面白かった!


と、珍しく色文字&級数拡大してしまうほど、
感激というか笑ってしまう夜だった。


ディナーの円テーブルではご年配の夫婦連れが二組同席で、
離れていたのでお話などしていないけれど、
うちひと組が飲んべえ夫婦で、もうひと組が笑い上戸。
4人で既に落語のような図。


あたしのお隣には
ほとんど会話はないけど中が良さそうな
若夫婦がいて、
小顔でモデルみたいな奥さんは日本酒・白ワインとすすみ
どうやらドライバーでウーロン茶の旦那は
奥さんがぐびぐびやるのを楽しそうに見ていて、
さらに若奥さんが飲んべえと笑い上戸をアテに
赤ワインまで飲み出したのも良かった。


会場を移動してすぐに落語。


桂よね吉さんの「延陽伯」(たらちね?)。
「ちりとてちん」にも出演されていた方で、
あたしの好きな味。じゃなくて顔。
ということはさておき、なんだか動きが美しいし
ぽーっと見とれる。
マクラではちりとて話で、いきなり大爆笑。


つぎに桂小米朝さん。
「よ、待ってました!」と言いたいけど言えないけど
かなりそれに近いニュアンス声が飛んでいた会場の雰囲気。
ネタは「七段目」。
東京のフジモトマミ嬢も浅草で聴いたそうで、
歌舞伎好きな人にはよりたまらない話。
あたしも小米朝さんのは
CDでは何度も聴いて笑っていたのだが、
見栄をきる顔や眉毛で
「やっぱりライブじゃのお」
と思わず広能でひとりごちるほど感激。
やっぱり小米朝さんの鼻声は華やかで艶っぽくて
心が弛む。


続いて、桂南光さんの「青菜」。
青菜はあたしのかなり好きなネタのひとつで、
簡単に言うと
粋者の旦那さんに無粋者の植木屋さんが
あれこれ教わって真似する。
という落語スタンダートな展開で、
これもいろんな人のを耳だけ弟子入りしていたけど、
南光さん、今まで誤解してました。
痛快エブリディなタレント姿しかあんまり印象になく
その印象もそないにようはなかったけれど…
落語ばっかりしてはったらええのに!!


あたしは、
落語で笑ってほんまに涙がちょちょぎれる
ということを初体験した。


ひー、とか言っていたかもしれない。


いや、ほんまに、面白いにもほどがあり、
なんで、話のスジがわかりきっているのに
弾かれたように自分が笑うのか意味不明。
だんだんと顔を見てるだけで笑いが止まらなくなる。


笑い疲れてぐったりしたところで
桂ざこばさんの「肝つぶし」。
というか、演目は表示されないので
どのネタも、あたしの知る限り、ですが。


ざこばさんの落語は独特で、
驚くほどかみまくる。
30秒に1回はかむので
まるで普段話しているまんまで
あの声で話が進むんだけど、
声にもそんなハリがあるワケでもないのに、
なぜかぐっと惹きつけられる。
思わず身を乗り出して一所懸命にきいている。


「肝つぶし」ははじめて聴いたネタだったのだが、
どちらかといえば切ない話で、
それもあり会場は南光さんの爆笑から
一気に様子を変えて静まりかえっている。


でも、後半になるに従い
どんどんと気持ちがはやるような
妙な胸騒ぎを覚えさせられ
ところどころに「あはは」な笑いが挟まれ
すとんと落ちた。



あたしは落語にどうしてこんなに
惹きつけられたかというと、
やっぱり第一に「大阪言葉」があると思う。
だからおそらく、「上方落語」だから聴いてしまうのだ。


前にダヴィンチ誌の関西弁特集でも書いたけど、
関西弁の持つ「言葉としての不完全さ」というのは、
コミュニケーションの現場でしか補われない。


「ふん」という返事が
イエスなのかノーなのかわからない曖昧さ。


落語も漫才も、
ディスコミュニケーションが笑いに転化される
ことが多いけど、
上方落語では、大阪言葉の適当さが
フルに発揮されるから余計に面白いのかもしれない。


ていうか、江戸落語を聴いたことないから
実は同じなのかもしれませんが。


伝わらないから伝えなければならない。
そのもがきようが芸になる噺家さんというのは
ほんますごいもんやなあ。


トークショーでは
小米朝さんと南光さんに挟まれて
米朝師匠がとぼけていて、
そこに米朝師匠がいる。
というだけで、場内は興奮と喜びに包まれていたように思う。
米朝師匠はそういう存在なんだけど、
会場の空気も並んだ二人も意にも介せず
さらりと肩透かしするのも、芸、なのであった。


上方落語初心者としては
あまりに贅沢な夜でした。


今年の夏から秋は、
もちろん繁昌亭に通うことになりますな。


周囲からも絶賛の声をきく
笑福亭福笑さんの寄席にもいってみたいし。


それにしても、
テレビはもうなくなってもええんちゃうかな。
あるいは、テレビで「笑い」をやるのは止めませんか。


コンビニでペットボトルのお茶を買うみたいに
笑いをゲットしてばかりでは、
いつの間にかお茶も煎れられないことになっているし、
もうペットボトルのお茶の味しかわからなくなる。


ペットボトルのお茶だって美味しいものもあるけど、
お茶は誰かが煎れてくれた美味しさが何よりで、
ということすら忘れてしまいそうにもなる。


演芸場や寄席にわざわざ足を運ぶ。
芸に触れるこちら側の心持ちというのも
すごく大事なのだ。


と、今さらのことを、ようやく知った2008年夏。


夏休みの絵日記に描きたい真夏の夜の夢。
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先週の食べ走り書きと「サービス」について。

2008/07/22 12:56
17日は相方と福島で炭焼きバイ・マイ・セルフ。

18日は相方と北新地で
「喰海」のプルコギやチヂミや砂ずりでマッコリ。
店主兄弟のオモシロトークでにっこり。

19日は質問大会を開催のため、
支配人嬢とトアロード横「バール・コラソン」で
帆立貝と白ワインにて質問もそっちのけで感涙。
金村先輩にもご挨拶。

20日は麻雀の例会。
山本画伯の美食、内田先生の勝ち笑顔。
あたしの多牌ちょんぼ。
またしても山本画伯の先制攻撃で、
東場1局で48000点ごっそりの暴挙。
内田樹先生が作ってくれた
カンパリソーダの白ワイン割での酔拳もむなしく
そのカースト制崩れず、惨敗。
負けても楽しいから…負けるんだろうなあ。

21日は相方と新開地。
「インド亭」にて
タンドリーチキンにチキンカレー平らげてから
「丸萬」で手羽先、皮ってどんだけ鶏女。
パルシネマをのぞこうとしたら
歌声に誘われて昼からスナック一見さん。
ビール1本ずつで各セット1500円の
チャイニーズママスナックでイエライシャン。
来日チャイニーズは水商売に向いていないことを
目の当たりにして、
隣のおっちゃんのいつまでも空のグラスに
思わずビールを注ぎそうになったが止める。
スナックのカウンターで
歌う客を意にも介せず、
その目の前で札束を数えながら
電卓を弾くママも初めて見た。




最近、仕事でも「サービス」について考えることが多い。
いや、「サービス」は仕事ではないのだと思う。
仕事になると、それには「サービス」としての値札はつかない。


「スマイル0円」みたいなもので、
0円であろうと100万円であろうと
何らかの「値」をつけた時点で、
実はどんな「値」もつかないのだと思う。


「サービス」業の難しさは
サービスに値をつけられないところにあるし、
逆に値をつけないままにあたしが享受するサービスにこそ
あたしは値をつけたいと思える。


値をつけるのは、
サービスの提供者ではないのだ。


「言葉」と同じで
受け手により意味と価値がつけられるのだろう。


と、言葉の発信者であることが多いあたしは、
サービスの現場の不具合を他人事とは思えないのであった。





不肖。から借りた
桐野夏生さんの「東京島」を読みながら、
内田樹先生の「値ながら学べる構造主義」の
レヴィ=ストロースを思い出し、
内田樹先生の「こんな日本でよかったね」を読みながら、
西加奈子さんの「窓の魚」を思い出す。


書きたいことはたくさんあるけど、
書かねばならない原稿の方が多いから、
夏休みの宿題。つまり、先延ばし。

ちなみに、
どれもあたしの中で思うことの多い本でした。
もちろん、面白くないワケがなかったし。

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上方落語デイズ。

2008/07/16 17:43
すっかりどっぷり落語の世界へようこそのあたし。


ここんところ、いつぞやかに購入していた
iPodなど引っ張り出して、
あれやこれやと聴いております。


やっぱりライブで定席へ!
は理想なんだけどなかなかそうとも行かず。


ただ、あたしは耳だけで聴くのも嫌いじゃない。


ときどき、
これほんまに一人かいな?
と驚かされるように人入り乱れたり、
おっしょさんが艶っぽく耳元で囁くし、
いきなりまるであたしの周りの世界は
長屋暮らしの町民たちで繰り広げられていたりする。
電車で向かい合わせたおっちゃんの顔まで
なんだか落語の世界の延長に見えて、楽しい。


いや、いまさら、なんですがね(汗)。



という最中で、
新しい仕事で桂小米朝さんのインタビュー連載。
え、自慢?
いや、自慢以外の何者でもないです。



あたしは小米朝さんの鼻にかかった声が大好きで、
お茶屋の女たちの「いや、なんやのん」とか、
丁稚の「へ〜〜〜〜〜い」という返事などを耳にするだけで、
鼻が伸びたり力が抜けたりする。


「親子茶屋」でお父さんが
きつね釣りして遊ぶあたりなんかも
小米朝さんの華やかな雰囲気がそのまま出て
こっちまでお茶屋遊びをしているような気になる。


「はてなの茶碗」のかつぎの油屋さんの
間の抜けた感じも小米朝さんの声で
余計に間抜けに聴こえて、
何度聴いても頬が必ず緩む。


耳だけで聴いていると
特に大棚の旦那やご隠居さんの低い声は
まるで米朝師匠そのものにも聴こえるのは
やっぱり親子やなあ、などと思わされたり。


といっても、
巷に溢れる落語好きの皆さんには
比べようもなくまだまだ耳弟子入り
はじまったとこなんだけど。



久しぶりに激しく緊張しながらお会いした
三代目桂小米朝さんは、
この秋に五代目桂米團治を襲名される。


つまり、超多忙のまっただ中なんだけど、
すごく落ち着いていて感じがよくて
あたしは自分が恥ずかしくなるほど礼儀正しいし、
話すとすぐにその思慮深さが伝わってきた。


あたしはそんなに芸人さんを知らないので
そのあたしが言うのに意味があるのかわかんないが、
「真っ当な芸人さん」の姿を見せつけられた気がする。
タレント、ではなく、芸人。


もちろん、ますますファンになったし、
思っていたイメージを
いい意味でも裏切られたりもした。


もっとちゃんと生きなアカンと
深く反省させられたのでありました…。


何がどう関係するのかわからないけれど、
ふとあたしは小林信彦さんが
渥美清さんのことを書いた「おかしな男」を思い出す。
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小米朝さんが渥美清に似てる…ということでは
まったくない。全然違う。


ただ、「芸」に対する「芸人」の姿勢みたいなことが
どこか桂小米朝さんを思い出させたようにも思う。


そういえば、
フーテンの寅さんもまるで落語の世界そのもので、
でもそれを演じる人間はいろんなものを背負って
泣いたり笑ったりもがいたりしている。


桂小米朝さんには、
あたしはどこかプリンスゆえの軽さなんかを
イメージとしてもっていて、
それは芸風にはよく表れていると思うんだけど、
そのイメージすら芸のひとつで、
ほんまの小米朝さんであり、そうではないんだと思う。


そういうものが全て芸の奥行きになるんだろうな。


いやはや、尊敬に値する素晴らしい芸人さんに
今後、定期的にお会いできると思うと
ほんまに有難いし、精進すべしと思うのでありました。


振ってくれはった
落語大好きな中島社長にも…感謝です。



来週は、米朝一門会いきまーす。むふ。










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ウィンブルドン男子決勝ハイライト&またぎ猫。

2008/07/13 12:09
本日の午後2時15分からあります。
ねぇさんが教えてくれてたヤツが
きっとこれだと思います。


もちろん、観ますえー。


ほんでもって、昨日、
近所の浄土真宗のお寺の空き地で見かけた


「またぎ猫」。


萌えました…。








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ギムレット・クラッシュドアイス→はりはり鍋@素敵四人会。

2008/07/13 11:57
カウンターじゃなくて奥のテーブル席で、
すでに麗しの姉さんとカンちゃんが笑っていて
抜群のスタートとなった昨夜。


つくづく麗しの姉さんは、
リーチバーがよく似合う。

カンちゃんが周辺に漂わせる
あたしが持っていない品の良さが
また良い感じにお酒を美味しくしてくれる。


忘れていたけど、
サイド・カーじゃなかった(えっ)。


ギムレットのクラッシュドアイス。


前に飲んだのはいつだろうと考えてもわからず、
ただ、思い出されるのは、
萩原ママのお葬式の時間帯に
バッキー井上さんが「あさちゃんのために飲もうや」と
二人で飲んだ時のとろんとした光景。


とかいうことを今は思い出したけど、
思い出す間もなく笑い転げていた昨夜。
麗しの姉さん、本当にありがとうございました。


で、で、で、麗しの姉さんのおはからいにより
あたしにはどきわくハプニングで、
畏敬の念を抱いている女部長とも
念願叶ってお会いできることになる。


で、今日は何食べる?
の会議で当初予定していた韓国料理店が
「嗚呼素晴らしき哉」の街的な理由でキャンセルとなり
嬉しいけど残念と唸っているとカンちゃんが抜群の提案。


急遽、とは思えないクッピン。
そわそわと肥後橋の路地「むらさき」へ向かう。


空港から駆けつけて現地集合となった
女部長にはじめまして。


てか、またも別嬪の驚きにあたしはやや借りてきた猫。


となるには女部長はおもろすぎて、
麗しの姉さんがご機嫌すぎて、
カンちゃんは胸にじんわりきすぎて、
そしてくじらが旨すぎる。


ツトメニン時代のオフィスが近かったので
何かあると「くじらー、捕鯨さんせー!!」と
シュプレヒコールをあげて襲撃していたが
こんな夜もあった↓
http://plaza.rakuten.co.jp/hirakawadesu/diary/200510120000/



麗しの姉さんが女部長に
「なぜ今まで教えなかったのか」
という最大の批判にして最高の褒め言葉で
これ以上もなく華やかな笑顔を振りまいていて、
女部長はケロロ軍曹となり
「そういえば、そうであります」と
小さなフランス人のような顔で頷いていた。


あたしとカンちゃんはそれを見ながら楽しくて
もちろんすぐさまケロロ軍曹の軍門に下る。


居酒屋のくじらベーコンも、
おでん屋のコロもさえずりも、
実はどっちかっちゅうと苦手な女のあたしだが、
「むらさき」だけはあたしのくじらへの愛を
ぐんと多様化させもちろん深くした。


いろんな意見があるだろうが、
鯨のため、生態系の維持のため、
そしてあたしのためにも
調査捕鯨には賛成だ。
そもそも原理主義が一番嫌いだ、
の裏返しでもあるかもしれないが。


というわけで、
振りむけばゼイタク。
今週のラストは
素敵な出会いまであった夜でした。


しかし、みんな、
しっかりと生きてるんやなあ。
しみじみそう泣けた夜でもあった。


あたしにとってのしっかりと生きるとは、
わかりやすくがむしゃらに生きることをやめて
常にゆらゆらと揺らぐ自分を
ただ受け入れるってことなので、
あんまりしっかりしてないんだけど、
あたしには何よりも素敵だ。


皆さん、ありがとうございました。
そして、くじら、ラブ・フォーエバー。







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今週の走り書きと西加奈子さん『窓の魚』など。

2008/07/12 12:15
●火曜日●
相方と神戸一真剣な台湾料理の「蓬莱亭」にて
豚足と蒸し鶏とビーフンにむせび泣きながら
女料理人から社会情勢についての見解を拝聴し、
その後、加納町のサードローに移動して
はじめましての沖縄の友を交えた
歴史オタクの金村先輩と相方が
上下左右の自由自在でおもに南方の歴史探訪。
読みはじめた本願寺出版社の『くらしの仏教語豆事典』は
トリビアの泉。
あたしはバカみたいに「へえー」「へえー」と連発し
ちょっと賢くなった(嬉)。
これについてはまた改めて!
ちなみに…むっちゃ面白いー!!
大迫青年も読んどります。
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●水曜日●
麗しの姉さんが調整や事前準備隊長をしてくださった
王家の夕べ。
あまりのことの連発で、
ただ唸ってあっ、という間もなく時が過ぎる。
もろもろは前回以上に…自慢になるから…
言えんっ。
マキちゃんは予想以上の炸裂トークで
ファンクラブ会長の麗しの姉さんとともに
抜群のトークショーとなり、一同腹筋を鍛える。
ホストより指名参加の不肖。は圧倒されて
久しぶりにみた借りてきた猫の顔。
そらそやろ、と一同また腹筋を鍛えながら頷くばかり。
詳細は不肖。ブログにて。
しかし、本当にいつもありがとうございます!!
元町方面に、頭上がらず。でもなぜか笑ってしまう至福。


●木曜日●
西加奈子さんの新刊『窓の魚』一気に読了。
思うこと多々あり、改めるが
<あたしが発した言葉は
あたしの口から出た瞬間からあたしのものではなくなる。>
ということを強く思う。
多次元中継的な文章構成でクリアにみえたことのひとつは、
言葉が繋ぐ関係で、
その言葉が持つ意味は
発した側の意図するものではなく
受信した側に担保される。
という、当たり前なんだけど
「嗚呼」となるのが、
やっぱり西加奈子さんスゲーよ。
『窓の魚』についてはまた書きます。
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夜はご来社いただいてこちらより頂戴した
最高級鮮度の濃厚毛ガニ。
貝星人にして蟹番長のあたしゆえ
ひとりで一杯を平らげる。
連日の贅沢。不安にすらなる。

●金曜日●
来週の諸々が整理できた。
という気のゆるみで心が浮かれて
またまた栄町のムーンライトでピザ。
こういう日には必ず遭遇する
ミスター・サカノから
ハードコアコメディな話を拝聴。
あたしは彼の過剰さが、大好物だ。
読書サークルの班長宍戸氏より新作。
あたしには久しぶりとなる甘粕正彦関係。
佐野真一著『阿片王』からはじまった旅、
満州はゴールでもなく通過点にして
思えばどこまでも遠く果てしない。
あたしがさぼっている間に
宍戸氏の探検はもはや秘境の域。
とにかく、足跡を頼りに追いかけてみる。

これは7月5日に食べたピザ↓
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こっちは昨日の7月11日のピザ↓
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訊いたことないけど、
あたし以上にムーンライトのピザを食べている人間が
いるんだろうか。
少なくとも、あたしの一部はこれでできている。
しかし、飽きることがない、と今の瞬間も思う。
何か…入ってる? 笑


●土曜日●
仕事の関係であり、人生の関係でもあり
落語のDVDと到着した作品集を拝聴。
している真っ最中。
探求者フジモトマミ嬢よりアドバイスもたんまり。
桂米朝一門を中心にしばらくは耳弟子入りの日々。
「ちりとてちん」の頃には
想像もしなかったけど、
あたしはいつか生「はてなの茶碗」な女と
なるのかもしれん。
夕方からはサイドカー・オンザロック。
もちろん、中之島のリーチ・バー


あたしはこのところわくわくしている。
停滞期だった人生が回り始めているのを感じるからだ。
首はまわってないけど。
まあ、後からついてくるだろう(願望)。


書きたい、そして書かねばならないことが
胸の奥でどんどんと感触を深めている。


人生のパズルは
はまるまでどんな絵なのかわからないから
楽しい。


あたしが今作っているパズルも
もひとつ大きなパズルのごく一部でしかない。


くらくらするね、まったく。
悪くない。

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ラブ・ナダル。

2008/07/07 10:59
たぶん、多くの人がそうであったように
雨に悪態をつきながら寝てしまう…。


ナダルの優勝したときの顔が
観たかった…。


どうやらすさまじい死闘だったようで、
あたしは1時過ぎの1回目の雨で
もれなく爆睡だったんだけど、
朝イチでネットをチェックして
全試合観たかったと悔し涙。


だ、だ、だれか録画されてませんかのぉ。
ご連絡お待ちしておりますっ(低頭)。


パツキンで白い肌が苦手なあたしとしては、
アンドレ・アガシ、ピート・サンプラスなども
もちろん動物的に応援してきたわけだけれど、
ラファエル・ナダルが登場してから
奥目王子としてあたしの心を鷲づかみにしていた。


ということもあるが、
そんなことどうでもいいラリーが
決勝戦序盤では繰り広げられていたし
そもそもフェデラーだって嫌いじゃない。
ただ、タランティーノに見えてしまうとか
ナダルがかっちょ良すぎるとかはあるけど、
だからそういう外見の話ではなくなるほど
フェデラーも人間技とは思えないんだけど。


二人の鼻血が出そうなミラクルラリーをみていて
あれだけ振り回されたらしんどうだろうとか想像して
前に伊達公子さんがしていた話を思い出す。


1996年4月、東京で開かれたフェドカップの
「ワールドグループ」1回戦で
シュテフィ・グラフと対戦したときのこと。
激しいラリーが続いて
もう走れないとか、諦めてやめてしまいたいとか
あまりのしんどさにそう思うんだけど、
それでも打ち返してくるグラフがいて
その球にくらいついてどう返してやろうとか
考えてる自分がいて、
そうしたら笑いながら闘っていた、と。


試合中は自分ではそのことを意識してなかったけど、
試合後に指摘されて観た自分の顔が
えへらえへら笑っていたので驚いた。


と言いながら、
その時の映像が流れて観たら
大学のテニスサークルで遊び打ちしてるみたいに
本当に伊達さんはえへらえへら笑っている。



同じ話が『バガボンド』でもあって
宮本武蔵が緊迫した闘いなのに笑う場面があったと思う。


内田樹先生も、そういうことが実は武道でもあると
書かれていた。


ちなみに、
伊達公子さんはその試合でたぶんはじめて
グラフに勝っている。


引退したグラフとも
試合をすることがあるんだけれど、
伊達さんにとってグラフは特別な試合相手なんだそうだ。
きっとグラフにとってもそうなんだろう。


37歳で現役復帰した伊達さんをみていると
何がそうまでに彼女をかきたてるのかとも思っていたが、
ただ好きなんだ、そう思う。
そう思えるものを持っていて
そう思える相手に出会えたことが
私たちはなによりも羨ましく眩しい。
別にスポーツに限った話ではなく。


フェデラーとナダルもそんな風に特別な関係に
二人を観ていると思うのはあたしの願望だが、
これだけナダルが好きでも
フェデラーが負けることにも納得がいかないほど
すごい選手だと目の奥がつんとくるのであった。



ちなみに女子では
ガブリエラ・サバティーニやアランチャ・サンチェスも好きでした。
サンチェスのラテンな乱暴姫ぶりと
小憎らしいまでのシュテフィ・グラフのクールさがぶつかる
ウィンブルドン決勝戦が2回あったと思うけど、
やっぱりグラフが澄ました顔で勝っていた。

そうそう、1996年もグラフとサンチェスが
センターコートで闘ってグラフが制したが、
その年のウィンブルドンでは
伊達公子さんが日本人初の準決勝進出を果たしていた。




たぶんあたしは出来が悪い人生を送っているので
感情をあまり露わにしない優等生タイプが
つまり性に合わないんだと思うけど、
いつまでも表面ばかりみていてどうするよ!と
反省しきりの朝であった。


いや、ほんとに
誰か録画見せてくりー。




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別嬪ママとサイド・カー。

2008/07/05 13:06
帰りにふらりと北新地。


あたしには久しぶりの
何を食べても「う、う、旨い」しか言えない
韓国料理店の「喰海」で、
カボチャのコロッケ、鯛の子、太刀魚の煮物、
チヂミ、キムチなどなど。
もれなくビールからマッコリへ移動。


あたしの大好きな店主兄弟から
鮑のお粥の話などを聴いて
ご機嫌になりすぎたせいか、
目がぎんぎんになって、
本通りで男前を発見!と思ったら
あたしがラブなミスターコジョウだった。



思わず声を掛けるとにっこり笑顔で、
相方が「いきまひょか」と間髪なく言う後をついて
これまた久しぶりのクラブ活動。



ミスターコジョウがチーフをつとめるそのクラブには
あたしが北新地で一番別嬪だと思っている
アキちゃんママがいて、
どうやらお店で会うのは2年ぶりくらいだと話をしながら
やっぱり顔に見とれて声に聞き惚れる。


大阪女三人会は麗しの姉さんとアキちゃんママの間に
あたしが無理から割り込んでいるのだが、
もちろんアキちゃんママとは麗しの姉さんの話になる。
相方も「最高や」と合いの手を入れる。


というわけで、
10月のアラン・デュカスの会には
もれなくアキちゃんママも参戦の運びとなったことを
麗しの姉さんにはご報告させていただきます(ぺこり)。


アキちゃんママの店には
美人な上に硬派のバーテンドレスがいて
カクテルが異様に美味しい。


なので相方は珍しく
マーテルのコルドンブルーという
ブランデーグラスなボトルキープしていて、
なぜかというと
それでサイド・カーをつくってもらうためだ。


こ、こ、これがおいちすぎる…。


そういえば、
後輩なのにあたしが頼りにしてきたカンちゃんとも
この夏はサイド・カーを飲む約束をしている。
もちろん、中之島リーガロイヤルホテルのリーチ・バー。


夏が苦手なあたしの中で
夏を好きにさせるサイド・カーは
偉大だ。


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中之島→心斎橋→京都行。

2008/07/02 12:52
順調にアポを取り終えたら
大好きな日本画の画家さんの個展の最終日に
ダッシュで掛駆け込んでみたが、
既に梱包が済んでいて悪い汗が噴きだした。


にもかかわらず、
わざわざ梱包をといて作品を見せていただき
さらに汗が脇の下をぐっちょりと濡らす。


そんな状況でも
やっぱり思った以上にふくよかな色と
波打つような線。感激。


してすぐに京阪で『蝶のゆくえ』を読み終えて京都。
やや早く着いたので
sakiんちのビルの1階の喫茶店でお茶をしてみたら
何年も前にその河原町通り沿いの家の窓から
祇園さんの鉾を真横から見たことを思い出した。
漁村の駅前→新興住宅地育ちのあたしには、
祇園さんの鉾よりも
こんな街のど真ん中に
住んでいる人間がいるんだということが
なにより感慨深かったように思う。


とかいうことを回想しつつ
錦市場で丸刈り社長の中島さんと落ち合い、
オーパ裏の「百練」でバッキー井上さんと打ち合わせ。
を済ませる頃には、
たぶんポアロ的な灰色の脳細胞を持つアダチ女史と
yomyomクスノセさんが合流。
バッキー井上さんが核シェルターを襲撃した話を聞いていたら
あたしの尊敬する書き手の一人である柴口育子さんも登場。
揃ったところでバッキーさんの手によるハモしゃぶ。


あたしは京都でハモしゃぶははじめてだし
人生にそんな予定はなかったのに、
そのことを後悔するような美味。
「百練」は当たり前だけど
漬け物もタマランチで泣けた。


ご無沙汰してますのタバーン・シンプソンも
相変わらず良すぎる酒場で
柴口さんとアダチさんトークも面白すぎて
yomyomクスノセさんと井上さんの
がっつり正面トークは目にご機嫌だった。


好きな顔ばかりの夜は
もうそれだけでいいのに、
いろんなオマケがなぜかついてくる。


最終のJRで爆睡。
あたしは京都が少しずつ好きになる。


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曖昧ミー。

2008/06/30 23:19
えー、そわそわしております。
先週末は麻雀にも行けなかったんだけど、
日曜日は買い物帰りに、
ふと発作的に栄町へピザを食べに行きました。


それで気がついたけど
あたしは珍しく1週間ほど酒場からも遠ざかっていて、
目の前の玉ねぎもりもりのピザが美味しすぎて
妙に泣きそうになったら、
酔いがまわった証拠に瞳孔が開いて
カウンター風景の輪郭が曖昧になっていた。

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とろとろと自我の輪郭も曖昧になるころには
いつの間にか港町酒場はジュークな夜になっていて、
パッチギ!なオックスやフォークルでさらに切なくなり、
ジェロが五木ひろしになるので意味不明に唸っていた。


もう飲めなくなってどこにも寄らずに、
さらにタクシーにも乗らずに歩いて帰る。


ここんところ、
あたしの夜の最後はいつもフェードアウトしていて
どこにもラストシーンの残像がない。


月曜日の朝起きたら、
鞄の中に橋本治さんの『蝶のゆくえ』が入っていて
ヒサミ嬢が貸してくれたことを思い出した。


『考える人』の短編特集を読んで購入した一冊だそう。
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↑これ、本当に面白かった。
こないだ平川克美さんに無理から押しつけてみたので
もう1冊買おうと思ったら
『考える人』サイトでバックナンバーの品切れと表示された。
残園だけど…納得。うんうん。


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で、これ↑
信じがたく面白い。
辛辣なまでに超辛口なんだけど、
くすくすと笑ってしまうコメディでもある。
富岡多恵子さんと同じように
女にとことん冷たいが、
富岡さんのように自嘲めいた笑いではなく
喜劇的に笑えるのが橋本先生すごすぎる。



あたしは「女」として
女性性を意識してどんな風に書けるのかと
ときおり自分の文章を興味深く読むことがあるが、
橋本治さんのように書けるようになれたら
はじめて「女」に対して
もう一回転して自分を、周りの女を
見られるのかもしれない。


なんて思いながら、
そわそわあたふたと生きております。


今日のブログは曖昧だと思うんだけど、
ここんところわりにそんな時期みたいで、
たぶんある時期とある時期の境界線にいるんだと思う。


人生もなんでも、
境界線というかつなぎめみたいな部分は
曖昧なんだけど
それはいろんなものが入り交じってて面白い。


このブログは面白くなかっただろうけど…ごみん。








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家の用事は忙しいのに実りなく疲れる。

2008/06/27 17:09
今日は家関連の用事をまとめてみたデーだったので、
朝イチの集金に保険関連の手続きにトラブル処理班で
午前中は一気に終了し、
昼イチに垂水の実家に戻りこれまた書類を手に
お茶を飲む間もなくとんぼ返りで
鯉川筋を駆け上がり、
ぎりぎり間に合ったトラブル予備検査で
台所をひっくり返したりしていて、
終わると郵便局の用事を一個忘れてたことに気づいて
慌てて坂を転がり落ちて再び上ったら
こんな時間になっていた。


お帰りなさいの麗しのお姉さんに
スケジュールの話などしながら
もっといろいろ話したかったけど
泣く泣くまたそれは改めることにして
いくつかのメールをいまから送信したら、
今日はもう店仕舞いに決定。


先だって釈徹宗先生にお借りした
千日回峰行のビデオ録画を観るのである。


その後は、平川克美さんにお借りした
『タカダワタル的』も観るのであるっ。


そろそろ返却しなきゃいけない
マイケル・ムーア監督の『シッコ』も
河瀬直美監督の『殯の森』もあるんだけど、
あたしにはまず「千日回峰行」が先決なのだ。


たぶん、今日は坂を上り下りし過ぎたのと、
日に焼けすぎたんだと思う。


比叡山の静かで過酷であろう光景を
あたしは求めている気がする。




どうでもいい内容で御免。


今日は、いろんな人と話したけれど
誰とも話していないような疲労感が溜まっている。
せめて、麗しのお姉さんと話せて良かった。
軽やかで華やかな声の人は、それだけで気分が良い。
加えてバリの風のお裾分けも嬉しかったです。


あ、みっちーもいろいろありがとうございます!


なんのこっちゃ。ふぅ。
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黒川博行さんの新刊『蜘蛛の糸』。

2008/06/26 16:11
しかしなんですな
オヤジという生き物は
命がけですなあ。


と、幾度とないとほほに継ぐとほほで
どんどんと切ない気持ちになってきたのが
黒川博行さんの新刊『蜘蛛の糸』。
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Amazonの説明にはこんな記述もある。
「しょうもなさ天井知らずの男たちを濃厚に描いた全七編」。



いや、「しょうもなさ天井知らず」にもほどがある(笑)。



ふと思い返すと、
この何年かこんなにオヤジ満開の主人公たちが
鼻息荒くしたり「ピピン@黒川博行」となったりする
小説を読んでいない。


というよりも、
ここ最近は「オヤジ浄化活動」が社会で活性化していて
『カレセン』(枯れたおじさん専科)なる雑誌まで創刊。


あたしにとっては、
イケイケオヤジの『LEON』も
枯れ枯れオヤジの『カレセン』も
結局のところは同じように思えるのに
どちらも何かを隠しているように見えて、
それは髪が薄くなってきて
つるりぴかりとした頭でもいいはずなのに、
横の方から無理から集めてきた髪で
全部の薄毛を誤魔化そうとしているのと
どこかかぶって感じられる。


そのままで別にええやん。


と思うのはあたしであって
当の本人たちには複雑怪奇な
事情と感情があるのかもしれない。



まあ、あたしだって
中年太りのおばさん体形を
少しでも隠すことができるなら
それにこしたことないし。


ていうか、話が変わったけど。



さておき、
黒川博行さんの『蜘蛛の糸』は
触ると鼻の脂がつきそうに
中にはオヤジがぎっしりで、
彼らはみんな憎めないんだけど、
アホとしか思えないのが
突き抜けてて面白かった。


つまり、「いたしたい」男による
哀しきラプソディー。



あたしはもれなく周辺にいるおっちゃんたちに、
「みんなこんな女の子のことばかり考えてるのか!」
と糾弾に近い質問を投げてみたりもしたが、
「そんなことはないやろ!」
と捨て台詞に近い答えが返ってきた。


ほんまのとこ、どうなん?
ていうか、どっちでもええけど。



ともあれ、『蜘蛛の糸』からは
『LEON』も『カレセン』も
隠したかったオヤジの尻尾が
哀しく垂れ下がってます。
今の時代に、ていうか斬新。



そしてまた、
あたしはその哀しき尻尾が好きな訳はもちろんないけど、
なんとなく心に残って切なくなるのだった。



あたしは「ユーザー車検の受け方教えます」
という作品が一番とほほと笑えましたー。
最後は泣けるけど。


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ビバ・釈徹宗先生による『キョースマ』の京都の寺特集。

2008/06/23 10:51
火曜日に不肖。と久しぶりにゆっくり話して、
水曜日にベトナムでベンケットのたあやんとなる
シンゾウとあやふやな未来を想像しあって、
木・金と原稿を書いて打ち合わせて
土曜日に講義をなんとか終えて、
東京から一時生還のしみちょんと
ほんのちょっと爪を出しながらじゃれあって、
平尾くんとマルタニカズさんはやっぱり…と
その深すぎる懐と知見に唸って朝帰りし、
日曜日に起きてだらけて篤姫を見終わったら
月曜日になっていた。


その間に、
6月20日に発売された
『キョースマ』第二号である
「行きつけにしたい京都のお寺」特集を読み興奮し、
釈徹宗先生の『いきなりはじめる仏教生活』を再読し、
あたしの中の仏教的土壌を考えてみたりした。
画像



何度か書いているけれど、
あたしが「世界一受けたい授業」の講師のお一人である
釈徹宗先生の「宗教」講義というのは、
近い未来というの