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いや、ほんのちょっとだけ。
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青山ゆみこのメモ版ブログです。
 ※商売っ気や性格の悪さが感じられるコメントは勝手に削除します。あしからずー。
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その仕事だけが仕事ではない。

2016/12/08 11:41
迷ったけど、ある仕事を断ってしまった。


書くことで依頼を受けることはなによりも嬉しい。


ただ、その内容が、わたしにとって「書きたい」ものであったり、「書かねばならない」と感じるものであったり、なにより「書くことで誰かに何かを伝えたい」という思いを感じるものでなければ、はたしてわたしに「書く意味」があるのだろうか。


今回の案件で得られるのはお金だけれど、断ったのはもちろんわたしにも打算があり、お金以上に失うものがあるのではないかという計算をしたうえで判断したということになる。


わたしはご飯を食べて生きていくために仕事をする。


その仕事として、幸い誰かが「書く」ことにオファーをくれて応えて、おまんまを頂戴している。


「書く」ことは「生きる」ことにも深く通じていて、書いたものはわたしの生きる軌跡ともなる。


そのことと、「書く」ことでご飯が食べられることがありがたく一致しているから、この仕事をしながら生きている。


でも、「書く」ことが単なる商売道具になって、そこに何の思い入れもなくなってしまったら、いや、お金のために作業としてこなして、感情や思いを含まない行為になってしまったら、それはわたしが生きることにも影響を与えるだろう。


ふと考えた。そもそもご飯を食べるために、わたしには「書く」ことしか手段がないのか。


当たり前だけれど、まだまだ方法はある。


そうか、そうだよな。


長くしてきた仕事が、たまたまそれが生きる手段になっていただけで、それがすべてでもないんだよな。


どんなことをしていても書ける。


書くという行為はなんて自由なんだろう。


いきなり視界がぱあっと広がったような師走の頃。






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何かが変わるときには待ちの時間が生じる。

2016/12/06 10:17
日々いろんなことがぐるぐると動き、変化していて、この先がどうなるのかちっとも予想がつかない。


少しずつ、自分が自分の先行きについて実のところどう考えているのかが見えてきている気もする。


気がするのは願望が多いに含まれているので、ほんとうに見えているのかは実のところよくわからないのだけれど。


とにかく何かは変わっていきそうで、一歩踏み出すというか、抱えているもやもやに踏み込むというのは、拍子抜けするほど変化を生むのだと改めて。


母のこと、自身のこと、待ちの時間がしばらく続く。こういうのに耐えるタフさがこの先も強く要求されるのだろうなあ。


待つというのは、とても強く深い行為だ。


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選択すべきは先の道から示される。

2016/12/02 01:34
昨日、今日と、ほとんど吐きそうになりながら、自分のなかをまさぐって問い続けてみた。


さっきお風呂に入りながら、ふと辿りついた考えをじっくり検討してみると、にわかにぱあっともやが晴れたような心持ちになる。


たったいま迷っているのは、たったいまに対する行動の選択が決められないからではなく、少し先、もっと先のことを決め兼ねているからだ。


逆にいうと、いまから近々のことよりも、ずっと先を見据えてみれば、自ずといま選択すべき道が見えてくることにも気がついた。


なにより、自分に納得できる説明がつく。


12月はいろいろと行動に移すときになりそうだけど、それは10年先のためであり、これから10年のためでもある。


この度の母の入院は、わたしにずいぶんと大きな意味を持ったのだなあ。


初めて、ひとりで生きていくことに向き合ったような気もする。


まだまだここからが始まりなんだけど。





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否定の作法。

2016/12/01 10:04
何かを否定してばっさりと切り捨てるよりも、ごくごく小さいものであってもそれを肯定するやり方のほうが、結果的に否定したいものをそぎ落とすことができるのではないだろうか。

遠回りだし時間がかかるけれど、そうやって残って主張するものが生む力の、しなやかな力強さにやっぱりわたしは惹かれる。



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無気力。

2016/11/30 17:19
久しぶりに、どないしよかと思うほど、気力がわかない。

というより、そもそもわたしは明確な目標を持ったり、何かに向かって進んだりしたことがなく、気力なんて最初からなかったんだけど。

という自分を改めて突きつけられて、情けないというか途方にくれるというか、なんだかいたたまれない。

自分の空虚さに絶望するような気持ち。


こういう気分を抜けるには、自分が誰かにとって何かしら意味があると思われていると心底感じることしかないんだけど、今日はそんなことちっとも思えない。

つまり、暇ってことなんだよな。つまり。

自発的に行動できないわたしにとって、暇ほど怖いものはない。

取りあえず、買い物に行きまふ。






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福建省福州福清の旅、振りかえり。黄檗文化促進会編。

2016/11/30 16:52
11月中旬に4日間ほど、相方にくっついて福建省福州福清市に行っていました。


全行程のコーディネイトと通訳をしてくれたのはエイくん。日本語も普通語も福建語もペラペラの、人間的にもほんとうによくできた、大きな志を持った人で、エイくんがいたからこそ稀有な旅になったと改めて。


エイくんが最初に連れて行ってくれたのが、福清市内の住宅街の一角に建つ黄檗文化促進会でした。


明末清初、日本で黄檗宗を興した黄檗山萬福寺の隠元隆g禅師(1592〜1673)は、現在の福建省福清が出身地です。


黄檗文化促進会はその隠元禅師の足跡や仕事に改めて注目した活動を行なっています。


会長の林文清さんは、小耳に挟んだところ不動産をはじめあれこれ商売を手掛けるウルトラ商売人のお金持ちなのですが、同時に文化活動にも熱心で、この黄檗文化研究やそれに伴う日中の文化交流など活動に私財を投じています。


日本でいうと昔の旦那衆のような感じでしょうか。さらさら書かれる書も見事な風流人で、この会館もすべて林会長個人の資金で造られ、そして何より彼独自の芸術的感覚が随所にちりばめられているように感じました。


お話を聞いていると、黄檗文化を紐解くことで、歴史のなかで育まれた日中の文化交流を、もっともっと世に知らしめようという強い意志も感じました。それは隠元禅師だけではなく現在に通じて福州や福清が日本の華僑の故郷としても重要な街であることも、強く関係しているのだと思います。


黄檗煎茶や普茶料理は隠元禅師が日本に伝えたものとして日本史の時間に習った記憶がありますが、それだけではなく名前のとおりインゲン豆もそうだし、孟宗竹に西瓜、蓮根、木魚などほんとにたくさんのものが隠元禅師により日本に持ち込まれたと言われています。


という歴史や文化に触れられるちょっとした美術館ともなっているこの促進会の会館。


1階には凱風館の寺子屋や練心庵的なサロン空間もあるし、黄檗煎茶普及のための煎茶サロン空間もありそこでは地元の人たちが入れ替わり立ち替わり出入りして、自慢の茶を持ち合って飲み比べながら、延々とあれこれ語らう場ともなっています。


大人がそういうことをごく普通に楽しむ様子は、中国の文化度の高さに痺れるような風景でした。そしてみんな日本の文化や歴史にもとても関心が高かったです。


福清に行かれる方はぜひお立ち寄りください。上階にある、書にも通じた林会長のアートコレクションも腰が抜けそうに素晴らしいです。



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わたしは何者なのか。

2016/11/30 14:59
わたしはいったい何が書きたいかと考える行為は、わたしが何者であるかと問われることでもある。

ううむ。



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ひとまず走り込みをしてみようと思う。

2016/11/30 10:17
久しぶりにコラム連載を書くことになった。

そういえば、最近は長い道のりを経てゴールに到達するマラソンのような書きもの仕事が多かったので、短距離や中距離の走り方を身体が覚えているのか、少し不安を覚えている。

そうとくれば、とにもかくにも、走ってみる必要がある。

走ってみないことには、自分の走り方に何が足りないのか、あるいは余分なのかがわからないからだ。

ウォーミングアップと走り込みをしばらくここでしてみようと思います。

ぺこり。





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合気道のお稽古での変化。

2016/04/21 18:58
合気道をはじめて、そろそろ3年半。


このところ、自分のなかで、小さいけれど大きな変化があった。


心のどこかにいつも巣くっていた「お稽古でできなかったら嫌だな」「恥ずかしいな」という気持ちがほとんどなくなってきた。


もちろん、できた方が嬉しいし、できなかったら嫌ではなくなったわけではないけれど、そういうことを思いながらお稽古に行くことがなくなった。


できなくても、できても、そのことにはとらわれず、ただただお稽古を積み重ねていきたいと思っている。


こう書くと、ごくごく当たり前のことだけど、ここまで3年半かかった。


まだまだ先は長い。


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日刊ゲンダイで紹介されました。

2016/02/08 14:10
『人生最後のご馳走』のメディア掲載を、順番に紹介させていただきます。

◎10月2日(金)発行
 『日刊ゲンダイ』12月号「GRAFIC」コーナー
 編集部(ライター原田かずこさん)

見開きのセンターをまたいで、こんなに大きく扱ってもらって、とても嬉しかったです。
福森クニヒロさんの写真に注目した、グラフィックな本としての紹介。

文章はこちらで読めます。
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/book/164827

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『人生最後のご馳走』ご紹介の御礼。

2016/02/03 12:26
あっという間に2016年もひと月が過ぎていきました。


昨秋に『人生最後のご馳走』が発行されてから、ひとのご縁が大きく広がり深まり、わたし自身が制御不能なうねりに巻き込まれているような心持ちです。


『人生最後のご馳走』を、
ほんとうに多くの方がご紹介くださいました。
改めて、この本にかかわってくださった皆さんに深い感謝です。


下記、ご紹介いただいたメディア媒体です。
誌面は改めて画像を上げていきます。webなどもまたリンクをはっていきます。
●9月18日(金)ABCラジオ
 「おはようパーソナリティ 道上洋三です」「話のダイジェスト」著者出演

●10月2日(金)発行
 『日刊ゲンダイ』12月号「GRAFIC」コーナー
 編集部(ライター原田かずこさん)

●10月8日発売号
 『週刊文春』新刊推薦欄 編集部

●10月9日(金)発行
 『夕刊フジ』 書評コーナー 

●10月20日(火)発売号
 『週刊朝日』週刊図書館 評者/朝山実さん

●10月24日(土)発売号
 『日本医事新法』仲野徹先生 連載コラム

●10月31日(土)発売
 『ミーツ・リージョナル』12月号 書評コーナー 評者/永江朗さん

●11月1日(日)発行
 『神奈川新聞』 書評コーナー 

●11月1日(日)発行
 『中国新聞』 新刊撰書コーナー

●11月8日(日)発行
 『北海道新聞』 平松洋子さん書評連載「鳥の目虫の目」

●11月9日(月)発売号
 『週刊ポスト』90号 ワイド特集でのインタビュー

●11月10・11・12日アップ
 webミシマガジン「本屋と私」コーナー(3回にわけての更新)

●11月10日 発売
 『本の雑誌』12月号 140B青木さんがご紹介

●11月13日
 日販小冊子『新刊展望』12月号 東えりかさんによる書評

●11月16日
『読売新聞』(関西版/朝刊)暮らし/著者インタビュー

  ○11月22日(日)早朝5時〜放映
   本は関係なくですが、
   Eテレ「こころの時代」で大谷さんご出演でリクエスト食を語る

●11月23日(月・祝)頃 発売
 『あまから手帖』12月号 foodistコーナー 著者インタビュー

●11月24日前後
『朝日新聞』(全国版)鷲田清一先生「折々のことば」連載

●11月31日(日)
『毎日新聞』 くらしナビ 著者インタビュー
 (日曜特別版)

●2016年1月10日(日)「産経新聞」(全国版)
書評ページ「聞きたい」著者インタビュー 杉山みどり記者

●1月17日(日)「静岡新聞」
書評ページ「ブックエンド」コーナー

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『人生最後のご馳走』発売日です。

2015/09/17 10:54
国会が大混乱の本日ですが、
『人生最後のご馳走 淀川キリスト教病院ホスピス・子どもホスピス病院のリクエスト食』(幻冬舎)が発売になりました。


Amazonではいきなり在庫切れですが、街の本屋さんに入荷していますので、良かったらぱらぱら立ち読みしてご検討ください。


ご家族の皆さんからご連絡をいただいており、感謝の言葉や心のあたたまるコメントをいただいて、こちらの方がありがたいです。


患者さんやご家族、病院スタッフの皆さんからのメッセージが、誰かに届きますように。


どうぞよろしくお願いいたします。


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『人生最後のご馳走』見本誌。

2015/09/11 17:09
見本誌、出来。

取材でお世話になった皆さん。
大変お待たせしました。
そしてありがとうございます。

来週17日発売です。

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『人生最後のご馳走』発行のお知らせ。

2015/09/09 10:41
 大阪の東淀川区にある「淀川キリスト教病院ホスピス・こどもホスピス病院」を取材したものが一冊にまとまりました。

これは、ホスピスの本なのだけれども、闘病記でもないし、末期がんへの医療的アプローチでもありません。サブタイトルに「淀川キリスト教病院ホスピス・こどもホスピス病院のリクエスト食」とあるように、このホスピスで取り組んでいる「リクエスト食」を中心としたルポです。

 「リクエスト食」とは、週に1度、患者さんが食べたい献立を何でも病院側が用意するというこのホスピスだけの取組です。海鮮丼だって、おしるこだって、すき焼きだって、患者さんがその時に食べたい料理をなんでもリクエストしてもらい、それに対して可能な限り希望に添うような食事を出しています。

 このホスピスの患者さんは基本的にいわゆる余命宣告を受けた方ばかりで、平均在院期間は3カ月という厳しい状況です。心身ともに負担の大きい状況にある患者さんたちが「食べたい」と思うのだろうか。どんなものを食べたいと思うのだろう。また、どんな思いでその献立を選ぶのだろう。

 そんな疑問から14名の患者さんに話をお聞きしたインタビュー集のようなものです。

 そもそも「リクエスト食」がなぜ生まれたのか。その取組を支える病院の栄養管理士、調理師、看護師、医師にもお話をお聞きしました。

 実は、取材が始まるまで、ホスピスについてほとんど知識を持っていませんでした。近い関係にホスピスを利用する人がいなかったこともあります。そんなふうに自分に関係がなければ、ホスピスは生活とは遠い場所にあります。

 今回お聞きした患者さんの食にまつわる話は、いずれも個人的な内容なので、読まれた方の誰もがどの話にも共感するというものではないでしょう。食を語ることは人生を辿ることともなり、ちょっとした個人史語りにもなっています。

 となると、ますます「わたしには関係ない話だ」と思われる方も少なくないかもしれません。

 でも、いろんな方の口から出る物語に耳を傾けているうちに、わたしは人が生きるなかにある多くの普遍的なテーマがそこに溢れていることを知るようになりました。

 食べるものが人生にどういう意味を持つのか。また、食事の場が人間関係に大きな影響を与えること。例えば、ホスピスでの食事の場として、「リクエスト食」もまた、家族と患者さんとをつなぐきっかけになっている風景を何度も目にすることになりました。

 読むとわかるように、悲壮感はありません。患者さんは皆さんあっけらかんとされていて、この人たちが本当に命の限りを告げられたのかと驚くほど、取材は笑い声の絶えない時間でした。なので「泣ける本」ではありません。

 とはいえ、それを含めてどんなふうに読まれるかは読者が決めることなのですが。わたし自身は希望に満ちた一冊だと感じています。なぜかは読んで感じていただけると思います(って長々書いてもこれ!と言えないのがもどかしい)。

 もちろん、「緩和ケアにおける食」については、基本的な大きなテーマとして読むことができます。ホスピスに対しての基礎知識を得ることもできるはずです。

 160ページほどの読みやすい本です。装幀は「鈴木成一デザイン室」が担当くださって、シンプルだけれど、大切な何かが包まれた贈りもののような雰囲気に仕上げていただきました。

 この本には患者さん、そのご家族、病院スタッフなど多くの人のメッセージが込められています。それは読まれる方への贈りものなのだと思いながら書いたので、この本そのものが贈りものようなデザインになったことはとても嬉しいです。

 ホスピスに強い興味があるわけでもなく、内容にさほど目的を持っていたわけじゃないとしても、読んだあとに、「自分はこういうことを聞きたかったんだ」と結果として思ってもらえることがあるような本になるといいなと感じています。

 書き手としては、いささか乱暴ですが…。
 どうぞよろしくお願いいたします。

 青山ゆみこ

2015年9月17日発売です。
『人生最後のご馳走 ー淀川キリスト教病院ホスピス・こどもホスピス病院のリクエスト食ー』(幻冬舎)
装幀/鈴木成一デザイン室

http://www.amazon.co.jp/dp/4344028260

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最適な動きは、その「場」で決まる。

2015/04/16 10:55
書き物仕事の大詰め。
ちょっと息切れしたので、合気道の稽古にも復帰して
いろんな変化に身体の調子を合わせながら、
また次の局面にいこうかというところ。


頭ではわかってるけど、
感情がどうも先立つのは大事にしつつ
それに振り回されないようにするのが
40何年も人間やってても難しい。


昨日の合気道の稽古で、
いつも同じことをしない。
その場ですべき最適な動き、流れを探す。
ということを、佐藤さんが二人の受けを例に
見せてくださった。


大変に重要なことで、
ものすごく腑に落ちた。
ありとあらゆる場面で意識したい。




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ちょっとだけ報告。

2015/03/27 12:39
味わい深かったキューバ旅から戻って
あっというまに1カ月半ほどが経った。

合気道の審査という上半期最大の出来事もあり、
久しくなかった身内の不幸やら患いの知らせなどが連発し、
なんだか3月はほとんど記憶にない慌ただしさ。

小冊子の編集が大詰めをむかえて、
先週からようやくなのだが、
昨年来のインタビュー本に本格的にかかっている。

思うことの多い作業だが、そこには希望がたくさんある。

それを届けたいというわたしの思いもあるけど、
届けなきゃいけない使命のようなものを強く感じる仕事。

力不足に無念さを感じながら進めるのも始めてだけど、
とにかく形にしなきゃとしみじみ。

3月いっぱいは難しそうで4月中盤までかかりそうな予感だが、
せめて自分ではこれ以上にはできないというところに持っていきたい。

というわけで、夏までははやそうだな。

家のこと、仕事、合気道だけで今年は広げないように心がけます。
合気道は、今回の審査を通して、自分のなかで「変わった」気がする。

目先のことを考えるのはやめた。
今を積み重ねたら、いつか先にもいけよう。
だから一回一回を真剣にやれたらと思う。

今も課題はある。
技の手順を頭で考えないで足が動くようになるくらい
稽古を詰むこと。
考えないためには稽古しかない。
まずはそこを目指して、
具体的な成果を求めずに励みたいです。


そうそう、キューバ旅はFacebookでちょこちょこあげていますが、
書き物仕事がひと段落したら、
こちらに改めてあげていく予定です。
梅雨明けの頃までには…。












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脱力。

2015/01/28 22:43
重くのしかかっていた荷物がひとつ片付く。


今日はもう仕事を切り上げて、
お風呂に入って本でも読む。読む。読む。


気がつけば明日はもう木曜日。
今週はまだまだデッドヒート。


あひー。



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誰かの家で本を読むことを想像する。

2015/01/26 13:16
先週土曜日は旅行中に毎日、家に来てくれる友人が
家に遊びに来てくれた。


家のどこを開けられても気にならない友というのは
なんだか心強いものだなあ。


留守宅を誰かに任せるということで思い浮かんだのが
村上春樹の『レキシントンの幽霊』。


犬を飼っているジャズレコードのコレクターの家に住み込んで、
暮らすように留守を預かるという短編作品だ。


主人公は犬が好きで、
加えてレコードコレクションに魅力を感じているから、
単なる留守番というより
彼にとってもちょっとした楽しみの時間になっている。


うちも同様に、友人に留守中に猫の世話をお願いする。
そして、うちで好きに過ごしてもらう。


うちには本とCDとちょっとしたアンプとスピーカーがある。
というかそれしかない。


ちょっとしたアンプとスピーカーは、
リサイクルショップに持っていけば二束三文の
商品価値としては語る数値のないものだが、
ある種の音楽を好む人にはお金では手に入らないものだろう。


と相方は言う。
なんとなくうなづける。
それぐらい丁寧に聞き込まれている。
スピーカーもアンプも音を鳴らすことで変化する。
機械なのに生きている。不思議だ。



というわけで「ちょっとした」というのは、
うちで好んで聴く音楽は、
うちのこの環境以上のものはないだろう。
そう思えるような個人的な価値なのであるが。



友人は、音楽も好むがそれ以上に本が好きだ。
わたし以上に本を読む時間を愛する彼女なので、
うちの本棚がすこしは楽しみになってくれるかもしれない。


本好きな人のたいていがそうであるように、
人が何を読んでいるのか興味深いものである。
ましてや親しい人間であればなおさら。


彼女には自分の家で過ごすように寛いでもらいたいし、
なにより日常と切り離された空間と時間のなかで
彼女がもっとも幸せな読む時間を過ごしてもらいたい。


わたしの暮らす空間で、
彼女が何を感じてどんなふうに過ごすのだろう。
想像すると、なんだか不思議な気持ちで、
そしてちょっとわくわくする。


なんにせよ、ほんとうにありがたい。












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課題を一生懸命に読む理由。

2015/01/23 12:39
ひとまず長期休暇までの撮影・取材が終わり、
今日から一気に原稿を仕上げて、
入稿まで進めていく。



併行して編集・ライター講座の講義に先立ち
提出してもらった課題の添削。



これまでにも何度も添削をしてきたが、
心がけているのは必ず良いところも伝えること。
直すべきことがある人はそれが中心になるけれど、
少しでもその人の「ここは伸ばすといいな」と
感じたことについて書き添えるようにしている。



この添削はたぶん受講生が思っているより
わたしには力のいる仕事です。
どんな文章であれ、その人のリズムにぐっと入りこんで
彼・彼女が何が言いたいかを全力で感じようと心がけます。



けっこう疲れる。赤ペンを持つ手も痛くなるので
一度に5〜6名分しかかかれない。
時間もかかる。



それでも、こうして真剣に文章に向き合ったことを
読み手から伝えられる経験は、
書き手としてとても大切なものになると信じている。



そして、書き手には読み手がちゃんと読んでくれたことほど
励みになることもないと私自身の経験で知っている。



というわけで、午後も原稿の合間に文章添削。
人の文章を読むのは大好きなので楽しみだけど、
少し緊張する。
それぐらい真剣に読んでることが
少しでも伝わりますように。





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Like A Rolling Stone.

2015/01/21 22:52
転がる石のような毎日で気づけば明日は木曜日。



圧倒的に時間が足りぬ。ぐぬぬ。




そして軽く喉が痛い。



明日は久しぶりにお店の取材。大好きな行きつけの二軒。



楽しみつつも、たぶん必死のぱっちで頑張ります。




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流れを感じる睦月デッドヒート。

2015/01/20 11:07
残り10日ほどの2015年睦月デッドヒート開始。



仕事の段取りが見えてきたと思ったら(段取り通りに進むかは不明だが)
身内の入院などが決まる。
ちょうどMacbook Airが届いたので、
そちらがあれば病院での時間もうまく使えそうだし
付き添いもなんとかなりそう。



ばたばたは否めないが、なんとなく回る感じがさい先良い。



日常でこぼこや、ささいなことに意味をもたせるよりも、
大きな流れのなかでどう動くか、動けるかと考える方が
結局は良いような気がしている。



あ、合気道もそうなのか。なるほど。









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ハードデイズナイト。

2015/01/20 00:50
日曜日は、がががっと仕事して
夕方から新開地の丸萬さんへ。


ラッキーにもちょうどご主人さん担当の
焼きもの前の席が空いていたので、
久しぶりにあれこれお話させてもらって、
相方もわたしも嬉しくなって
いつものように飲み過ぎる。


弾みがつきすぎて、
帰りにそこから大通りへ出たところのスーパーで
日用品の補足に紛れてまぐろなどを買い込み
帰宅してさらに熱燗連打。


もれなくお酒が残った状態で迎えた月曜の朝。
早い時間から撮影のため移動する脳みそふわふわ。
朝イチ撮影のホテルの名バーで
撮影につくっていただいたカクテルを味見だけと
グラスにクチをつけると泣きそうに美味しくて
ぐびってしまい迎え酒。


お昼ご飯を食べてからは満腹でやや朦朧拳になりつつ、
夕方140Bに戻って打ち合わせ×2に資料作成で
22時半に業務終了。


お腹空きすぎて北新地の黒門さかえで
鶏肝とこえびコーンのおうどんを
出汁の一滴まで余さず飲み干して、新快速で帰宅。


今ここ。


ちょと疲れたー。


旅行まではこのままノンストップで
ミッションインポッシブル。



お風呂に入るです。











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向いてないことはしない方がいい。

2015/01/17 22:47
旅行前にインフルエンザに伝染るとやばいということで、
昨夜思いついて行きつけの内科にネット予約。


今日の午前中、病院できりっとした女医さんに
プシュッと打ってもらう。
いや、厳密には看護師さんが刺してくれた。


ダッシュで買い物して帰宅。
したらすぐに、ちょうど待っていたMacbook Airが到着。


嬉しくてすぐにあれこれデータを入れようとしたら…。
書くのも嫌なほど悪戦苦闘して夜になっていた。


買い物にも行けず仕事もできず。
落ち込む。


相方が大阪の帰りにひょうたんの餃子を買ってきてくれた。
ビールを飲んで平らげてちょと落ち着く。


パソコンいじるのは向いてない。
向いてないことはしない方がいい。
そんな暇があれば、
誰かが苦手だけど自分が得意なことをしたほうが
よっほど自分にも誰かにもためになる。


月曜日は取材なので、火曜日あたりに
140Bに持ちこんで専門の業者に丸投げしようと決意。


明日は今日の遅れを取り戻すべく、仕事やなあ。
かなし。







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西加奈子さんと地元の本屋。直木賞、おめでとうございます。

2015/01/16 11:54
西加奈子さんが直木賞を受賞された昨夜、
ツイッターでそのことに触れるツイートを読んでは涙ぐんでいた。
彼女のファンである読者はもとより、
こんなに日本中の本屋さんから愛されている作家も珍しいだろう。



受賞のインタビューで最後にひと言。というところで、
彼女は小説と、小説に出会える本屋さんについて言葉をつくした。
彼女自身が、作家としてのその前に一人の読者として
小説に勇気づけられ、めっちゃ面白いと驚き感激する。
本屋さんに行けばそういう出会いが待っている。
だから本屋さんで本を買って欲しいと。
涙が出た。



昨年の夏、西加奈子さんの小説『円卓』が映画化された。
それにあわせて、『西加奈子と大阪の本屋』という小冊子が発行された。



大阪アメリカ村にあるスタンダードブックストアの中川さんが、
せっかくなので西加奈子さんを応援しようと声を上げて、
それに大阪の本屋さんたちが次々と賛同して誕生したものだった。
このあたりはミシマ社のミシマガジンで新居さんがレポートしてくれている。
http://www.mishimaga.com/hon-kobore/032.html



リンク先の写真の奥の方で青いシャツを着てわたしも映り込んでいるが、
なんとなくのご縁があって『西加奈子と大阪の本屋』の編集を担当した。



出版社に勤めていた頃も、編集担当として本屋さんとは接していたが、
編集というのは、販売担当と本屋さんほどの密さは持っておらず、
わたしにとっては、初めて本屋さんとじっくり話すといういい機会ともなった。
何度も皆さんと顔を合わせるうちに、或いは、校正のやり取りをしながら
もっとも感じたことは「街の本屋さんは、とにかく忙しい」ということだった。



仕事の拘束時間も長いし、
現場でやらねばならないことは山が崩れるほどある。
引越などで感じたことがあるように、本というのは重い。
扱う商品が重い現場は、肉体労働の現場でもある。
これは別の場所で耳にしたが、
本屋さんの賃金条件は一般的に低いのだそうだ。
なぜなら「好きなものに触れる仕事だから」というエクスキューズが
経営者側にあるらしい。
だから、給料が安くてもいいだろう。と経営者は考える。
給料が安いのも仕方がない。と雇われる側は受け入れる。
でも、本屋さんの仕事は本当に大変で、
好きだからできる仕事ではない。
やっぱり仕事だと割り切っているから、できるはずだ。



それでも、本屋さんで働くほとんどの人は、
仕事と割り切る部分と割り切れない部分を抱えながら
やっぱり本が好きで働いている。



そんな本屋さんたちが、なぜ西加奈子さんを愛しているのか。
それは西加奈子さんが本と本屋を愛しているからだ。
受賞のスピーチの最後にひと言で、彼女が語ったのは、
いま小説の書き手が本当に充実している。
自分も読者として小説を読んで励まされたりしている。
小説を読む面白さを知って欲しい。
その小説(本)と出会う本屋さんで、本を買って欲しい。
どうぞ本屋さんに行ってください。
というようなことだった。


作家の言葉ではあるが、
なにより小説(本)を愛する読者の言葉として
びりびりと胸を奮わせた。


本当はマイ西加奈子ベストについて書くつもりだったが、
長くなったのでまた改めます。


『西加奈子と大阪の本屋』(大阪の本屋発行委員会編/140B発行)は、
西加奈子さんの入門書としても面白いです。
http://140b.jp/blog3/2014/06/p1078/
西さんと、芥川賞作家の大阪人である津村記久子さんとの対談や、
津村さんの全作品コンプリレビューもあるので、そちらもぜひ。


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桐野夏生『アンボス・ムンドス』を読む。

2015/01/15 11:27
キューバでは、
ハバナとサンチアゴデクーバという2つの街に滞在する。
ハバナで予定しているホテルは、
ヘミングウェイが邸宅を構えるまで定宿にしており、
「誰がために鐘は鳴る」を執筆したというホテルアンボスムンド。
彼が宿泊していた部屋はささやかな博物館になっていて、
ホテルそのものが観光スポットのひとつになっているそうだ。



ホテルが位置する旧市街地は、
スペイン時代のコロニアル文化を色濃く残し
その一角に建つアンボスムンドスは、
ピンク色の外壁でランドマークのひとつにもなっているとか。



良いようにいうとクラシカルで雰囲気たっぷりの空間。
つまりオールドスタイルの古いホテルである。
うがった見方をすると、ヘミングウェイという遺産で食いつなぐ
観光都市ハバナのしたたかで遣り手なホテルでもあるだろう。



このホテルアンボスムンドは、
キューバ観光の日本人の多くが訪れるそうだが、
かの桐野夏生さんも立ち寄ったようである。おそらく。
桐野さんの直木賞受賞後の第一作短編集の表題は
その名も「アンボス・ムンドス」。
(Ambos Mundosなので、
日本語ではムンドかムンドスかで表記されている)
このオールドスタイルのホテルが小説に登場する。



Amazonでは、こんな内容説明がある。
<人生で一度だけ思い切ったことをしよう―キューバで夢のような時を過ごした男と女を待ち受ける悪意の嵐。直木賞受賞後の著者の変遷を示す刺激的で挑戦的な作品集。 >



自分が泊まるホテルで、どんな男女の愛憎劇が展開されるのか。
期待でドキがむねむねしながら文庫本を入手した。
7作の短編の最後に掲載されていた。早速読む。読み終わる。
相変わらず嫌な気分にさせてくれるぜ、桐野夏生。
もちろん文句を言ってるのではない。
このような仕事は彼女にしかできないという感謝の気持ちである。



物語は、ある女が小説家に自身の過去を告白する
モノローグの形式になっている。
彼女はかつて小学校で教師をしており、そこで上司である教頭と不倫し、
その不倫旅行中に担当していた学級の生徒にトラブルがある。
そのことで不倫の事実が世間に露呈し、追い込まれる。
彼女と不倫相手の窮地を辛辣な筆で描きながら、
彼女の学級が抱えていたあれこれをあぶり出す。



作家というのは冷酷な一面を持っており、
それがなければ人間について書けないだろうが、
桐野さんの鋭利な筆は、とりわけ計算する女に対して非常に厳しい。
ほとんど容赦がない。
そしてほとんどの女は計算しながら生きている。
いや、女に限らず男も含めて人間誰しも。
意識的に、無意識に、利己的に、自虐的に、ありとあらゆる方向で
何かしら計算することで人は前に進むのではないだろうか。



「計算高い女」といった表現などで
「計算」にはどちらかといえばネガティブなイメージがあるが、
必ずしもそうとは限らない、とわたしは思う。
わたし個人でいうと、
計算なしの無邪気さで人を傷つける人間がもっとも苦手だ。



桐野さんは、つまり人間が計算せず生きていられない様に
これ以上なく冷静なまなざしを向けている。



そこまではたいていの作家がすることなのだが、
桐野さんのすさまじいところは、
「決着のつけ方」容赦がないところだろうとわたしは思う。



人生は計算どおりにもなるし、
計算間違いも起こる。
面白いし哀しいのは、
そもそもの計算式を間違えていることもあるし、
計算間違いが嬉しい誤算となることもある。
人が想定して行う計算は、
その人の可能な範囲の計算でしかない。
そして神様がときどきいたずらをする。



そのどのパターンにおいても
計算が行き詰まったときに人はそこで決着をつけねばならない。
それもまた、それぞれが計算していくしかない。


そんなふうに
人はいろんな性質と容姿と生育環境と事情を持ち、
好むと好まざるにかかわらず人生の選択を迫られる。



どうしようもない選択であっても、
桐野さんは「それは自分が選んだこと」だと、
目を逸らすことをゆるさない。
選択した答えの是非を問うのではなく、
人はそれを「引き受け」ねばならないのだと。



ものすごく後味が悪くても(ということが多い)、
彼女の小説がいつも身体のどこかにずぽりとおさまるのは、
「引き受ける」ことをしても、善悪を決定しないからだと思う。
いろんなものを抱えながら曖昧に生きているわたしには、
くっきりしたものよりぼんやり不確かなものの方が収まりが良い。
後味は悪いのに収まりが良い作品は、
いつまでも身体に残る。



さて、翻ってホテルアンボスムンドである。
その名が登場するくだりは10行ほど。
「アンボスムンド」というホテルの名前のもつ
「両方の世界」「ふたつの世界」という意味についてがほとんど。
具体的なホテル描写は「古いホテル」だけであった。
なるほど(笑)。



とはいえ、このアンボスムンドス(両方の世界)こそが
この短編の軸となっており、
単なる元教師の独白ではない広がりを与えている。
だからこそ、このホテルの名をタイトルにしたのだろう。
すごいなあ。








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キューバの合気道見学のこと。

2015/01/14 11:19
先日家に遊びに来てくれた佐藤さんに
キューバで合気道を見学するという話をすると、
いろいろとアドバイスをいただいた。



物見遊山でふらりと道場を見てみたい。
そんな気軽なノリで考えていたのだが、
佐藤さんのお話を聞くうちに、温度差があるように思えて
現地の合気道見学が少し重たいものに感じられてきた。



今回のキューバ旅をアレンジしてくれている旅行代理店は
トラベルボデギーダという東京青山にオフィスのある
こぢんまりとした会社だ。
図書館で借りた数年前の『地球の歩き方』の小さな広告が目について、
なんとなく気になって連絡をしてみたのがご縁となった。



HPもあり、なかなか面白い。
キューバをはじめカリブ海を中心に扱っているようだが、
豪華クルーズの旅というノリでもなく、
そのほとんどがキューバ関連であるように思える。



熟読するうちに、代表である清野さんご自身が
小学生の頃から8年間をキューバで暮らした
キューバ帰国子女(?)でもあることも知る。
お父さんがマグロ漁をキューバに伝えるために
革命後のキューバに渡ったそうだ。



当時の思い出を綴った寄稿にも辿りつき、
この人なら安心だし面白そうとお願いすることになった次第。
http://www.casa-de-cuba.com/relayessay/main011015.html



普段はメールでやり取りをしているが、
東京出張の際に、青山のオフィスにお邪魔してお会いした。

感じの良い方なんだろうなと想像はしていたけれど、
清野さんは想像していたよりもっと感じが良く、
笑顔のさわやかな身にまとう空気のカラリと明るい方だった。


外国暮らしが長かったことをどこかに感じさせる
独特な空気感を持つ清野さんのお顔を見ていると、
今回の旅が面白くなることが確信できた。



日本で拾えるキューバ情報が限定されているため、
いささか細かすぎるようなことまでご相談している。



そろそろ仕事のスケジュールにも関係するので
周囲にキューバに行くことを告げているが、
決まって旅の目的を訊ねられる。



社交辞令で訊いてくれる人もいるかもしれない。
ただ、わたしには社交辞令的にでも返す理由が実はない。



今回の旅は、相方が希望したことが最初だった。
彼には目的がきちんとある。
ここ数年凝っているコンガ(太鼓)の技術向上である。



トラベルボデギーダは、現地の太鼓レッスンなども手配してくれる。
それもボデギーダでお世話になる決定打となった。
キューバはスペイン語圏で、皆目スペイン語に縁遠い私たちは
ネット上のスペイン語情報を拾えない。



加えて、そもそも現地はインターネットが普及していないので
当地サイトにアクセスという西側諸国で当たり前の方法が使えない。



キューバは未だほとんどが顔でつながっている
大きな村社会のような傾向もあり(たぶん)、
私たちは清野さんの顔で現地にアクセスし、
そこからまた現地のネットワークをたどることになる。



相方は毎日数時間コンガレッスンを受ける予定になっている。
加えて、夜はサルサなどのライブを楽しみにしている。
わたしがなにより小説を読んだり映画を観ることを好むように、
彼は暇さえあれば音楽を聞いて、どこでも踊るような人なので
キューバでの滞在中はやりたいことだらけだろう。



わたしにはキューバに対して、そうしたものはない。



20代中盤まではほんとうによく旅に出た。
その都度、出発前からやりたいことだらけで、
胸も予定もぱんぱんに詰め込んでいたので、
今回のような目的のない旅はこれまでに経験がない。


だからこそ、
強い目的がなく旅に出る(日常から離れる)ということに
次第に魅力を感じ始めている。



インターネットが使えないことも、こうなってくると魅力のひとつだ。
現代社会では、日本はおろか、世界のたいていの場所で
誰かと常につながってしまう。好むと好まざるにかかわらず。



キューバでの時間は、
そうしたつながり社会からのエクソダスなのかもしれない。



というわけで、ひたすら本を読み、書く。
という生活を旅の目的にしようと今は考えている。



そんななかで、合気道の見学は唯一に近いような、
ちょっとした旅の目的とも考えていた。




清野さんに現地道場の情報をお聞きしていたのだが、
数日前に確認が取れて、
どうやら旧市街地(宿泊予定のホテルがあるエリア)から移転し、
ハバナから車で30分ほどの郊外に道場が移ったそうだ。
車を持たない旅行者にはややアクセスが悪い。



加えて、道場を見学するには事前申請が必要だと告げられた。
目的、有段者かどうか、先生(指導する立場)なのか、
デモンストレーションは必要かなどなどに答えなくてはいけない。
つまり、見学は正式な道場来訪オファーとなる。



実は佐藤さんに現地道場見学の話をした際、
わたしが師事している内田師範に見学の許可を得た方が良いことと、
「僕なら行かないかも。まだ有段者じゃないなら」ということを
笑ってお話いただいた。



そのときは、後半の発言の言外に含まれた
あまり勧めないというアドバイスのニュアンスが
よく掴みきれなかった。



清野さんに、もっと気軽な見学ができると思っていたので
今回は正式にはやめておきますとご返信を差し上げながら、
清野さんが書かれていた
「現地道場では、日本人が来るとなるとかまえてしまうようだ」
という言葉を考えていた。



たとえば、わたしが少林寺拳法を習っている。
その道場に、ある日、
中国で少林寺拳法をやっている中国人がわざわざ来ることになった。
本場の技はどんなのだろう。
彼(或いは彼女)には、日本の少林寺拳法はどう映るのだろう。
いろんな意味での期待値が高まる。
なんなら技を見せて欲しい。せっかくなら一緒に組みたい。



そんなふうに、わたしがキューバの合気道道場で迎えられたら…。
かなり困る。
だってまだ有段者でもない初心者なのだから。
期待されても何も応えられない。
でも期待するだろう。
はるばる海を越えて道場に来た人なのだから。



或いは、ほとんど日本からの情報がない中で
わたしがうっかり漏らしたひと言で、
現地に間違った何かを残してしまったら…。
合気道に対して申し訳なく致命的でさえある。
なによりわたしが師事している内田師範にも、
所属している道場にもあまりよくないことだと感じられる。
佐藤さんはそうしたことを心配くださったのだな。
とようやくわかった。鈍い。恥ずかしい。



清野さんは、
現地に行ってしまえば温かく迎えてくれるだろう
ともキューバン気質について話してくださった。
わたしもそう思う。
でも、ツーリストで行くのと、合気道経験者で行くのは話が違う。
そこはしっかりと踏まえておきたい。



なので、合気道経験には触れずに、
ふらりという形でもしご縁と機会があれば、
皆さんのお稽古風景を見学してみたい。



それもなりゆき。
そういえば、旅はなりゆき。行きがかり上。
それがなによりだ。





佐藤さんへ:
清野さんがご紹介くださった道場の師範は、
佐藤さんにこないだ見ていただいたこのサイトの方でした。
Maximo Roy senseiだそうです。
http://bushindojo-cuba.blogspot.jp/2009/09/aikido.html
スペイン語でも「sensei」なんですね。

以前は街中の体育館だったのが、今は専門の武道道場のようです。
合気道を続けて、いつか機会があればまた行ってみたいと思います(笑)。


















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シャルリー・エブド襲撃事件の雑感。

2015/01/13 10:04
フランスの新聞社シャルリー・エブドが襲撃され、
パリでは160万人規模のデモが行われたり、
SNS、例えばわたしのツイッターでは30%ほどが関連ツイートで、
メディアの関心も高く、世界中に波紋が広がっている。



リツイートなんかはしているが、
わたしはどうも積極的にこの件について投稿できない。
理由のひとつは、この事件について言及するとき
「強く正解を求められる」気がするからだ。



シャルリー・エブドの風刺画をはじめ
掲載内容については賞賛されるものではないが、
言論の自由を脅かすテロリズムは絶対に許してはならない。



当たり前すぎる。



その当たり前のことが前提とならない
宗教的か思想的な大きな隔たりが双方にあるから
こんなひどい事件が起きてしまった。



双方というのは、容疑者と被害者であるが、
前述のように「宗教的か思想的」とわたしが考えるように、
容疑者を取り囲む世界と被害者を含む世界であるとされている。



まだ事件の背景に何があって誰がいるのか
確かなことはほとんどないのに。
容疑者を取り囲む世界はどんどんと広い範囲に解釈され、
もはや「イスラーム」という壮大な範囲となってきている。
同時に、被害者側の世界は「非イスラーム」という
線引きによって、新しい集団が生まれているようにも感じる。



この事件が起きてから、常に線引きが行われている。
そこにはいつも「正」と「悪」がそれぞれに烙印され、
新しいグルーピングが行われる気がして仕方がない。



なぜこんな事件が起きたのか。
そもそも、繰り返し行われてきたこの線引きのせいではないのか。



ユーラシア大陸から独立した島国である日本は、
イスラームと非イスラームのチーム分けにおいて、
非イスラームであるけれど反イスラームではないという
世界的に希有なポジションが取れている。
しかし、安倍政権が積極的に行使するであろう
集団的自衛権が実際に活用されるとき、
自動的に非イスラームであり反イスラームのチームに入ることになる。
強制的に、世界から線を引かれる。
これは想像できるほどではない変化を日本にもたらすだろう。
よくない方向で。
それでいいのだろうか。



対岸の火事に知らんふりをしろというのではない。
火事現場ではできないことがあって、
世界ではそういう役割の人が
もっとも求められているはずなのだから。
日本はそういう国になれる数少ない可能性を持つ国なのに。



安倍さんは、フランスのデモ行進で
各国の首脳と腕を組んで歩きたかっただろう。
どうして自分がそこに入れないのか。
悔しさすら感じているかもしれない。
テロリズムに対する怒りよりも、
仲間はずれになったようなもどかしさから。
というような想像をわたしはしてしまう。
そういう愚かな考えを安倍さんはする人間だと
わたしは彼に対して考えているから。



とても恐ろしい。




テロリズムはゆるされない。ゆるさない。
それ以上でも以下でもない。
被害者は拡大しても、容疑者は限定されるべきだろう。





















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赤ワインはおそろしい。

2015/01/12 23:52
あわわと仕事を片付けて、
佐藤さんが遊びにきてくれたので
お持ちいただいた赤ワインをごちそうになりながら
キューバ旅行について大変参考になるお話をお聞きする。



お帰りになってから相方と赤ワイン続行するや
睡魔に襲われ昏倒。
起きたら夜であった。



三連休の1日らしく過ごせてよかった。



二度寝に入る(二度寝なのか?)。












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鮨屋の洗練。

2015/01/11 11:47
昨日は、日中は堂島の140Bで作業。
4月に発行する落花生に関する小冊子の編集で、
デザイナーとイラストを描いてもらう人用の資料つくり。



わたしの仕事は、テキストが打てるパソコンと
メールの送受信ができるインターネット環境。
それにコピー機とスキャナあたりがあれば
どこでも基本的に仕事ができる。



なので普段は自宅で作業をすることが多いが、
(まあ、フリーランスなので基本自宅が仕事場なんだけど)
A3でプリントを出したりスキャニングデータを取りたいときは
自宅の家庭用複合機では役不足。
140Bの仕事の場合は、140Bのオフィスに入る。



32ページ分の半分ほどで結構な時間になり、
翌日(今日)に持ち越すことが決定したので、
開き直って街に出る。



先に、新聞連載の取材に出ていた相方と
堂島サンボアで合流。
ジャックダニエルのソーダ割りを飲む。
窓ガラスよりも透明度が高い気がする分厚く美しい氷が
グラスの上げ下げとともに良い音を鳴らす。
思わずはっと息をのむほど美しくおいしい。



四つ橋筋に出てタクシーを拾って阪急百貨店前に移動。
久しぶりに福喜鮨のカウンター。



いか、鯛、ぶり。鯖、トロ鉄火、もいっちょぶり。
赤だしにかんぴょう巻き。
赤だしに入る鯛のあらについて相方が「目玉」、
わたしは「唇」のわがままをこそっと告げると
「赤だしはガンとクチ!」と山中さんが声を張り上げた。
相方と唸る。



ここの鮨を食べるといつも、
ほんとうにシンプルに美味しいものを出すというのは
驚くような手のかけ方をしているのだろうなということを思う。
すべてにおいて、過不足がない。ものすごく洗練された形で。



鮨職人たちの動きも声の出し方も
仲間同士のやり取りも同様に洗練されている。
そうした形になるまでに、彼らが費した時間、
彼らが背負っている時間にどれほどの奥行きがあるのだろうか。
彼らが並ぶカウンターに腰掛けているだけで
そこに広がる希有な光景に感激して、いつも涙ぐみそうになる。
まあ熱燗がまわっているのもあるけど。



以前にネットのどこかで福喜鮨のことを、
「何の特徴もない」と評した書き込みを見たが、
一読して、ああこの人、可哀想にと思った。



この洗練された鮨屋を、特徴がないと感じてしまうなんて。



箇条書きできるような店や味の特徴というのも楽しい。
なによりわかりやすい。
でも、文字にしてわかりやすい鮨屋ほどつまらないものはない。
わかろうとして、鮨を食べるほど、興ざめなものもない。



福喜鮨を書くのは難しい。
わたしも人に訊かれて言葉で説明するとき、
いつも足りなさすぎるのと、余計すぎるような気がして
居心地の悪さを感じてしまう。
わたしの言葉に洗練が足りない。



昨日は、相方が「ぶりは食べなあかん」と暖簾をくぐる前から
何度も繰り返していて、
おろしポン酢でいただいたぶりは、どうかと思いつつ連打してしまった。



福喜鮨で食べる鮨が、
いまこのときのいちばんの旬な素材の
抜群なネタと食べさせ方だと一片も疑いがない。



そんなふうに身をゆだねることができる鮨屋はそうそうなく、
このカウンターでの時間はほんとうにありがたい。
幸せすぎて。
昨日も素晴らしかった。



人には好みがある。
なので、わたしのこの思いは万人に共通するものではない。
当たり前だ。
だからその分店の数もある。
わかっていても、ここが一番と言いたいお店が自分にある。
それがなによりふくよかな気持ちにさせてくれる。



あまりにいい気分すぎたので
新梅田食道街に寄り道して「みやけ」で
400円のプレミアム角を連打。
帰宅して、バンドで新曲でやろうと話している曲をかけて踊る。
軽い二日酔い。
それすらふくよかな気持ちである。










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出前の卵サンド。

2015/01/10 11:28
今日の卵サンドはまたぐんと美味しかった。


これはお店で出せるレベルでは…と自画自賛しながら、
そういえばわたしが卵サンドをつくるときには
いつもケンアンの卵サンドをイメージしていることに思い当たる。


ケンアンは、神戸の三宮高架下にあった喫茶店で、
学生時代のわたしは、
道を挟んだ山側にある立体駐車場でアルバイトをしていた。



記憶があいまいだが、
おそらくアルバイトの先輩がそこの卵サンドが美味しいと
教えてくれたのだろう。


よくシフトに一緒に入っていた学友でもあるユカは
お酒は飲まないが食べるものには執着があり、
実家が料理旅館を営んでいるだけあって
彼女が美味しいというものはいつも納得させられた。
ユカはケンアンの卵サンドが大好きだった。


立体駐車場のアルバイトにすることはほとんどなく、
月極さんが来たらそのまま通して車を立体の車庫におさめる。
ビジターが来たらレジで入庫時間を記録した紙を刷りだして、
透明のファイルに挟んで客に持たせながら、
出庫時間と料金加算の注意事項などを伝える。


月極さんが車を取りに訪れれば、番号を押して出庫させ、
ビジターが戻れば、それに加えて精算する。
それくらいで、飲食店のように下ごしらえの必要もないし、
洋服屋のように客が広げたシャツをたたみ直す作業もない。
路面なので舞い込んだ落ち葉が、
回転板に挟まって機械が不調を起こさないように
簡単に掃除する程度。


駐車場というのは、目的には邪魔になる車を放置する、
あるいは、目的に必要な車を持ち去るという場所なので、
その場所そのものが目的ではない。
駐車場を目的としているのはわたしたちだけなのである。



従って暇である。



立体駐車場を思い浮かべたらわかるけど、
そこで働く人間の居場所は狭い。
わたしがいた三宮駅前パーキング(今もある)には
一畳ほどのスペースにレジやら書類やら掃除用具やらが置かれていて
アルバイトは基本的に二人一組なので、
つまり常時二人がそこで暇をもてあましていた。


男子はたいてい漫画を読んでいて、
わたしたちはひたすらどうでもいい話をしたり、
お互いに写真を撮ったり、
撮り溜めした写真を見せあいっこしたりしていた。
つまり意味なくすごす。
なので「食べる」というのはユカでなくても大きな楽しみのひとつだった。


ユカは長身のスレンダーな肢体から想像がつきにくいが
いつも口を動かしている女の子で、
前にも書いたとおりお酒は飲めないがその分甘い物に目がない。


三宮駅前パーキングはその名には微妙に駅から離れていたけれど、
その名のとおり三宮のど真ん中に位置していて(だからよく流行っていた)
そこを街の拠点とすれば徒歩5分圏内でいろんなところに行けた。


ケーキを買いに行くこともできた。
食べることだけではなく、お取り置きしていた洋服を取りに行くことも、
友人が遊びにきたら、残りの一人のスタッフに留守を頼んで
すぐ近所の喫茶店でこっそりお茶することもできた。
雇い主が何かの用事でパーキングをのぞいても、
30秒で戻ってこれるのでほとんど咎められることもなかったし。


そんなわけで、昼ご飯の選択肢も豊富だったが、
ユカが最も好んだのが3軒隣の赤萬の餃子と
先に話したようにこのケンアンの卵サンドだった。


赤萬の餃子を選んだときは、ほっかほか亭あたりで白ご飯を買って
餃子定食にしてもりもり平らげていた。
味噌だれがご飯にもほんとによく合うのだ。
その日は、狭い空間が餃子の匂いで埋め尽くされたのだが。


ケンアンの卵サンドは、
アルバイトが歴代そうしていたせいか、
お店のおばちゃんが出前を持ってきてくれることになっていた。
パーキングとケンアンを隔てる3車線の道路を、
銀色のトレイに皿を載せたおばちゃんが横切って
パーキングに運んできてくれた卵サンドは、
分厚い卵がまだほかほかと温かく、
口に含むと柔らかなパンとマヨネーズとも混ざり合い、
するりとお腹のなかに落ちていく。


いくらでも食べられた。
あまりに食べられるので、
食べ終わるや電話してお代わりをしたこともある。
そのときは、申し訳ないので出前してもわらずにお店に取りに行くと、
おばちゃんもおじちゃんも笑っていた。


食べた後のお皿はいつもわたしたちがお店に返しに行った。
お店は流行っているのかそうでもないのかわからない客の入りだったが、
後に出前も多かったとお聞きした。


大学を卒業して新卒でアパレルに就職し、数年後に転職して
街の雑誌を編集するようになったとき、
ケンアンのサンドイッチを取材させてもらったことがある。
おばちゃんはなんとなく覚えてくれていて、
(他にもパーキングでたくさんの女の子がアルバイトしていたから)
こんな形で思い出してもらえるなんてと喜んでくれた。


サンドイッチの作り方をおそらく詳しく聞いたはずだけど、
覚えていない。
というより、ほとんど話がなかったような気がする。
パンに卵を挟むだけ。
難しいことは何もしていないわよ。
そんな感じのお話だった。
きゅうりさえない本当にシンプルなサンドイッチだった。


でも今なら、パンの選び方、どんなマヨネーズをどんな分量塗るのか。
卵の味付け、火の通し方などなど、いくらでも聞きたいことがある。
当時のわたしには何をきけばいいのか。
シンプルで美味しいものにはそれこそ理由が積み重なっていて、
聞くべきことは山ほどあったのに、それがわからなかったのだろう。


2000年には取材をしていたことがあるので、
震災後もしばらくは営業をしていたはずだが、
いつの間にか高架下のその場所は新しい店舗に入れ替わっていて、
おばちゃんたちがどうしているのかわたしにはもうわからない。


純喫茶が街からどんどんと姿を消していった時期に、
ケンアンも消えてしまった。


毎朝、試行錯誤しているわたしの卵サンドは
どんどんとシンプルで美味しかった
あのケンアンの味に近づいているはずだ。
そう思いたい。





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