破廉恥水着に顰蹙文学カフェ。そして狼狽。
スピード社の水着ってコムデギャルソンとのコラボ、
と先ほど知った(ががーん)。
あたしにとってあの、
調べてみるとレイザーレーサーっちゅう名前の水着は
破廉恥水着であり、
なんでかというとそれはあたしが破廉恥だからというか、
こないだニュースで北島選手があの水着着て台に立ったとこ観て
「なんやこいつ○○コ丸見えやんけ」
と相方がのたまったのだ。
え、そんなん見えてないでしょ。
とあたしは答えたが、
よく考えてみるとじっくりと見た訳ではないので、
以来、あの水着、中でも下半身だけのタイプは
まずそこに目がいってしまって、
それはまるで満員電車で中途半端に上げた手が
なぜかたまたま
隣のボインなお姉ちゃんの膨らみにあたってしまい、
慌てて動かそうとすると余計にあたって、
妙な汗まで出て焦りで顔が火照って
いかんこのままでは誤解されてしまうと思うほどに
手をごそごそと動かしてしまいそれが裏目に出るおっちゃん。
という気分になる。
いや、ちょっと違うか。
ともあれ、
興味の問題ではない。
意識の問題なのだ。
なんてどうでもいいことはさておき、
取材帰りに立ち寄った元町商店街の海文堂書店にて
高橋源一郎×山田詠美という胸にぐさりとくる二人の
客人呼んであーでもないこーでもないの文学対談集を発見。
「顰蹙文学カフェ」
ダイハクリョクに借りて
いま読みかけの「のぼうの城」で
カバンがぱんぱんだったので止めたけど、
たぶん買うと思う。
桐野夏生さんの「東京島」も
アマゾンでワンクリックするのが時間の問題。
いや、ちゃんと書店で買おう。そうだ。そうだ。
というよりも、
積ん読をとにかく減らす強化月間なので
まずはそっちから。
というのは、積ん読の大半が借り本で、
このままだと借りパチという(仮名)の
()が取れてしまいそう。
秋葉原の事件の容疑者の両親の謝罪で
母親の白い手が目に入ったけど、
いかにもホームドラマの優しいお母さん的な
家事もしているしたまに指輪もするという
澄ましてもいなくてくだけてもいなくて、
子どもを育ててご飯を作ってきたのがわかる
生活感がある感じのいい手をしていた。
なんだかそれが、すごくショックだった。
あたしはどんな事件でも
加害者側の両親を目にするのが嫌だ。
きっとたいていの人がそうだと思うけど。
それは、
もしかしたら自分だってそうなるかもしれない、
とか思うからでもなくて、
興味と憎悪とあれがあたしじゃないという安心を
胸いっぱいにさせながら、
高みに立った場所から彼らを見下ろしている事実を
自分に叩きつけるからだ。
あるいは、
あたしだって明日は我が身と思うことで
相手を赦していたりすることが
とてつもなく恐ろしい。
自分もそうなるかもしれない
だから
赦すのか?
どっちにしろ
あたしのそうした意識がええとはもちろん思えず、
だからといってどう対処していいのかもわからず、
だからそんな姿を見せないでよ!
というのはもっと違うようにも思え、
どうしていいのかわからない。
そもそもどうすることもできない。
いや、そんなこと言ってたら
何も改善されないのは、わかる。
あたしはつまり狼狽える。
ひどいやり方で家族を失った人がいるのに
あたしはただ狼狽えているだけなのだ。
そのことにまた、狼狽える。
なんでこんなこと書いたんだろう。
あの事件のことは書きたくなかったのに。
どうしようもなく、狼狽えているんだと、思う。
と先ほど知った(ががーん)。
あたしにとってあの、
調べてみるとレイザーレーサーっちゅう名前の水着は
破廉恥水着であり、
なんでかというとそれはあたしが破廉恥だからというか、
こないだニュースで北島選手があの水着着て台に立ったとこ観て
「なんやこいつ○○コ丸見えやんけ」
と相方がのたまったのだ。
え、そんなん見えてないでしょ。
とあたしは答えたが、
よく考えてみるとじっくりと見た訳ではないので、
以来、あの水着、中でも下半身だけのタイプは
まずそこに目がいってしまって、
それはまるで満員電車で中途半端に上げた手が
なぜかたまたま
隣のボインなお姉ちゃんの膨らみにあたってしまい、
慌てて動かそうとすると余計にあたって、
妙な汗まで出て焦りで顔が火照って
いかんこのままでは誤解されてしまうと思うほどに
手をごそごそと動かしてしまいそれが裏目に出るおっちゃん。
という気分になる。
いや、ちょっと違うか。
ともあれ、
興味の問題ではない。
意識の問題なのだ。
なんてどうでもいいことはさておき、
取材帰りに立ち寄った元町商店街の海文堂書店にて
高橋源一郎×山田詠美という胸にぐさりとくる二人の
客人呼んであーでもないこーでもないの文学対談集を発見。
「顰蹙文学カフェ」
ダイハクリョクに借りて
いま読みかけの「のぼうの城」で
カバンがぱんぱんだったので止めたけど、
たぶん買うと思う。
桐野夏生さんの「東京島」も
アマゾンでワンクリックするのが時間の問題。
いや、ちゃんと書店で買おう。そうだ。そうだ。
というよりも、
積ん読をとにかく減らす強化月間なので
まずはそっちから。
というのは、積ん読の大半が借り本で、
このままだと借りパチという(仮名)の
()が取れてしまいそう。
秋葉原の事件の容疑者の両親の謝罪で
母親の白い手が目に入ったけど、
いかにもホームドラマの優しいお母さん的な
家事もしているしたまに指輪もするという
澄ましてもいなくてくだけてもいなくて、
子どもを育ててご飯を作ってきたのがわかる
生活感がある感じのいい手をしていた。
なんだかそれが、すごくショックだった。
あたしはどんな事件でも
加害者側の両親を目にするのが嫌だ。
きっとたいていの人がそうだと思うけど。
それは、
もしかしたら自分だってそうなるかもしれない、
とか思うからでもなくて、
興味と憎悪とあれがあたしじゃないという安心を
胸いっぱいにさせながら、
高みに立った場所から彼らを見下ろしている事実を
自分に叩きつけるからだ。
あるいは、
あたしだって明日は我が身と思うことで
相手を赦していたりすることが
とてつもなく恐ろしい。
自分もそうなるかもしれない
だから
赦すのか?
どっちにしろ
あたしのそうした意識がええとはもちろん思えず、
だからといってどう対処していいのかもわからず、
だからそんな姿を見せないでよ!
というのはもっと違うようにも思え、
どうしていいのかわからない。
そもそもどうすることもできない。
いや、そんなこと言ってたら
何も改善されないのは、わかる。
あたしはつまり狼狽える。
ひどいやり方で家族を失った人がいるのに
あたしはただ狼狽えているだけなのだ。
そのことにまた、狼狽える。
なんでこんなこと書いたんだろう。
あの事件のことは書きたくなかったのに。
どうしようもなく、狼狽えているんだと、思う。



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