何かが変わるときには待ちの時間が生じる。

日々いろんなことがぐるぐると動き、変化していて、この先がどうなるのかちっとも予想がつかない。


少しずつ、自分が自分の先行きについて実のところどう考えているのかが見えてきている気もする。


気がするのは願望が多いに含まれているので、ほんとうに見えているのかは実のところよくわからないのだけれど。


とにかく何かは変わっていきそうで、一歩踏み出すというか、抱えているもやもやに踏み込むというのは、拍子抜けするほど変化を生むのだと改めて。


母のこと、自身のこと、待ちの時間がしばらく続く。こういうのに耐えるタフさがこの先も強く要求されるのだろうなあ。


待つというのは、とても強く深い行為だ。


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