『学生妻しのび泣き』加藤彰監督(日活ロマンポルノ1972年公開)。

年末に引き続き、日活ロマンポルノ大放出祭。

初春第一作は
『学生妻しのび泣き』
加藤彰監督
出演:片桐夕子、白川和子など

主演の片桐夕子は、橋本治センセのかの桃尻娘を原作とした『桃尻娘 ピンクヒップガール』(1978年公開)では内田裕也と夫婦になっています(なんと橋本センセもこそっと出演されていたり)。


そんな『桃尻娘 ピンクヒップガール』の前に、ぜひ観て欲しいのが『学生妻しのび泣き』。



【時代の変化に乗る人・乗れない人の悲恋話】


 ザ・タイガースの活動期間が1967~71年だったように、グループ・サウンズの全盛期は60年代後半とされている。私は71年生まれなのでリアルタイムではG・Sのその全盛期を見ていないが、中学時代の同級生の家で、お揃いの衣装を身に纏いギターやドラムでポーズを決める男たちの、少し色褪せたポスターを目にしたことがある。


 「タッキー横川&ワゴンレンジャース」とかいう名前で、タッキーとは横川という名の同級生の父親の、若かりし日の姿だった。ポスターは居間の目立つ場所に、でかでかと貼られていた。


 私たちが炬燵に入ってお菓子なんかを食べていると、仕事終わりの作業服姿で現れて「おっす!」と声を掛けてくれた彼女の父は水道屋で、真っ黒に日焼けしたやや長髪のサーファーみたいなおっちゃんだった。


 横川さんの母は、小柄で髪をふわふわさせた平野レミみたいに陽気な人で、いつもけらけらと笑っていた。そういえば横川さんちは両親ともに、同級生の親としてはやたらと若作りに見えたが、実際に年齢も若かったのかもしれない。


 ということを、『学生妻しのび泣き』を観てふと思い出した。


 主人公の夕子は高校生で、おっかけをしていたかつて人気G・Sグループのスターだったジミーと半同棲しつつ、邪険にされている。工場街の一角のアパートの、二人が暮らす小さな部屋には、ジミーの過去の栄光は何もない。いや、ひとつあるのが夕子の存在だ。かつてはきゃあきゃあと女たちを失神させていたジミー。彼はそんな女たちの一人であった夕子を観るたびに過去の栄光を思い出しプライドを上げられ、そしてぐるり見渡すほどでもないそのうらぶれた部屋でまたプライドを下げられる。ジミーがもし横川さんの父親のように過去を過去として楽しめる人間なら夕子と新しい未来を生きていけたんだろうが、ジミーにはそれができないし、夕子はジミーの過去としか向き合おうとしていない。


 G・S時代が終焉を迎えると、フォーク全盛となり、ジミーもフォーク歌手としての再出発を決意する。『学生妻しのび泣き』が公開された72年には、フォークスターよしだたくろう(吉田拓郎)が「結婚しようよ」を大ヒットさせている。僕の髪が肩までのびたら結婚しようとたくろうは歌う。


 学生運動家は会社員になり、みんなが髪を伸ばして結婚するように、社会は変わりジミーも変わろうとするが夕子だけは変わらない真っ直ぐな気持ちを彼にぶつけ続ける。ジミーはその眼差しにたじろぎ、夕子はジミーの変化にたじろぐ。彼女はあまりに幼い。もし夕子がもう少し大人だったなら、フォーク歌手のジミーと結婚して居間にポスターを貼って幸せな家庭をつくっていたかもしれないのに。


 60年代から70年代へと世の中は大きく動いていたし、誰もが変わらなきゃという時代だったのだ。夕子はジミーよりも、時代に捨てられた女なのかもしれない。


BBTVマガジン『Peper view』(2008年8月号掲載)


という『学生妻しのび泣き』を観た後で『桃尻娘 ピンクヒップガール』を観ると、主演の片桐夕子がロクンローラーである内田裕也と夫婦に…ってあたりが、わりにまた意味深で切ない。それもさておき、『学生妻しのび泣き』も物語がよくできていて、あたし的には印象に残る一作だった。







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