家族と逃亡犬と寅さんと母。とりとめなく独り言。

むかし実家の庭をうろついていた柴犬は、プリズン・ブレイクの達人、いや達犬で、隣の空き地への金網破りに始まり、あらゆる手段で我が家からの逃走を年中繰り返していた。


散歩に連れ立って歩いていると、近所の犬が吠えるでもなくよく鳴いた。


くぅぅん、くぅぅん。


どこか切ない鳴き声は、一箇所や二箇所ではなく、かなりの家の門から漏れ聞こえ、脱獄犬はその鳴き声を意識しつつどこ吹く風であちこちにあたしを連れ回してくれた。


帰宅して、いつもの散歩のお供である母に尋ねると、その鳴き声は愛人たちであるという。脱獄犬は逃走の度に愛人を作っては入り浸り、あまつさえそこで一宿一飯の恩まで受けて、素知らぬ顔で古巣の我が家に戻って寝て暮らしていたようだ。


鳴き声の季節を経て、またあたしが散歩に付き添っていたあるとき、いくつかの家の前で、脱獄犬によく似た、あるいは面影を感じる子犬を目にした。


そのときばかりは脱獄プレイボーイ犬の首輪をぐいぐいと引っ張って、そそくさと逃げるようにその場を立ち去った。という家が数軒。


もう時効だろうけど、本当に迷惑をおかけしたと思う、すいません。


うちの母親は、いつもその柴犬のことを、家族も持たずに可哀想だと言っていた。


あたしはその柴犬を家族でないとは思っていなかったが、家族だと強く思っていた訳ではなく、強いていえば同居人のように感じていたと思う。


あたしは今は貰い猫と暮らしていて、バカがつくほど愛に溺れる毎日ではあるが、その猫を家族だと思うことはない。というより、家族という感覚がいまだによくわからないというのもある。


「家族とは誰かの不在を悲しみのうちに回想する人々を結びつける制度である」(内田樹の研究室)という言葉を思い出す。


きっと、服を着せたり、高級なご飯を食べさせたり、人間と同じように何かをさせたりしなくても、あたしがその柴犬をこうしてふと思い出したり、きっと今一緒に暮らしている猫といつか別れてまた思い出したり、そこに不在を強く感じるときには、あたしは彼らを「家族」だと言うのだろうか。


脈絡ない話で申し訳ないが、その柴犬を懐かしく思い出したのは、新年早々に「男はつらいよ」のフーテンの寅に会いすぎたからで、とらやの家族の有り様に胸が苦しくもなったからだ。「家族はつらいよ」の方が本当は内容を表すこの映画に笑いすぎて、そして、泣きすぎた。


翻って、脱獄柴犬であるが、最期は天寿を全うし、あたしたち家族は死に目にも立ち合い、彼は家族みんなに見守られひとり逝った。幸せな人生だったように思うが、やはり今でも母は「家族も持たせず可哀想なことをした」と時折つぶやく。


母にとっての家族とは、いったいどういうものなんだろうか。


彼女はあたしが知りうる限り、もっとも善良で、人を騙すとか欺くとか妬むとか無縁の人間で、そのせいであたしはわりとコンプレックスの固まりを押しつけられたり、被害妄想を抱いたりしたけれど、この世で誰よりもあたしを信じてくれる(嘘であっても)その人の存在の大きさを、あたしは年を重ねるごとに感じていて、勝手にいろいろ想像して泣きそうになっている。


あたしはそんな風に自分でない誰かを盲目的に信じたり、あるいは信じるふりをすることができない。


そうすることができる存在こそが家族だと母の行動が表しているように思えて、また負い目を感じてしまう。


もしかして、あたしは「家族」と「母」を混在させて困惑しているのかもしれないけれど、どちらにしても、どちらにも自信はない。


なんて、どうでもいいことをとりとめもなく考えたりするのは、とりとめない家族の風景が心を震わせる「男はつらいよ」のせいなのだろう。


寅さんについては、こういう気分じゃないとこもいろいろ思うことあるので、またつらつらと。


いやー、なんだかしんみりしちまったねえ。ねえ寅さん、今日はもう嫌なこと忘れて、ぱーっと飲もう、飲もう(@第17作「寅次郎夕焼け小焼け」)。















この記事へのコメント

mint2
2010年01月07日 10:00
あおやまさん
あけましておめでとうございます。
今年もぐっとくる「発心」はサイトで
うならせてくださいませ。>ファン代表より(^^)

「家族」「母」のくだり、きっと温度は
違うけどすごくわかる気がいたします。
自信がないっていうところも共感です。
そして自分が「母」になっているという
実感も実はない。守るものは確実にそこに
あるのはわかるけれど・・・。なんでかな?
寅さんは時々TV大阪などの再放送で見ることが
あるんですけど、マドンナが音無美紀子さんの
「男はつらいよ。寅次郎紙風船」にぐっと
きた覚えがあります。
リリーさんがマドンナでは有名だけど寅さんが
一緒に住むとなると、この人なのかなあなんて
思いながらまだ子育てに振り回されている時期に
そうぼんやり思ったものでした。
あおやま
2010年01月09日 00:11
mint2さん、おめでとうございます。お正月はゆっくりお過ごしになられましたでしょうか。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

リリーさんと寅さんって、二人とも不器用過ぎて、人間として可愛らしすぎて、なんかもう泣けて仕方ありませんでした。

寅さん見ながら「まだ子育てに振り回されている時期にそうぼんやり思ったものでした。」というフレーズ、なんか泣けました。寅さんの中の風景とかぶって(じーん)。

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