文楽劇場にて『心中天網島』を観る。

金曜日は北新地の「喰海」後あきちゃんママ。
相変わらず「喰海」は何を食べても美味しいし、
あきちゃんママとその仲間たちはご機嫌。


「黒門さかえ」もそうだし、新開地の「丸萬」も、
近所の鉄板割烹「一平」さんもいきつけの鮨「源平」も
何を食べても美味しい。


たぶん、本当に何を食べても美味しいというのもあるし、
あたしの体が何を食べてもしっくり馴染んだというのもある。


ご飯屋さんの相性というのはそういうもので、
誰にとっても評価が同じというのはありえない。


だからあたしは評価を目的としたガイドブックに興味がない。


気になるのは、あたしにどうかであって、
万人にどうかではないのだ。



土曜日は朝から難波・日本橋の国立文楽劇場に行く。
国立文楽劇場開場25周年記念 錦秋文楽公演
第一部「心中天網島」を観る。
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初めての文楽だったのだが、
夏の終わり頃に発作的に申し込んでいたら
前から4列目の中央より少し左という好席で、
人形の詳細や、人形と一体化した方々の表情や
ちょっとした肩の動きまで見えてすごすぎた。
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(もちろん公演中は撮影厳禁)


文楽を観ようなんて思いもしなかったあたしがなぜかというと、
演目が近松門左衛門だったのと、有名な心中ものだったことに
尽きる超級初心者なのであるが、
「文楽、すげー」と圧倒されまくってしまった。


三味線の音も一気に別世界な妖しさだし、
大夫の声には、
一人であれだけのキャラクターを演じ分けるってことに
ひたすら驚かされた。


言うまでもなく人形は声を出さない。
人形を動かす人たちも無言である。


舞台の右に三味線方と並んだ大夫が
舞台上の人形たちの言葉を語るのだが、
舞台を観ているあたしには
まるで人形たちが泣いたり怒ったり憤慨したり
しているようにしか感じられなかった。


特に声のはりというか
その朗々とした語り口やこんちくしょうな言い様に
感情が掻き立てられたのが竹本住大夫。


人形では、主役ともいえる
小春を演じた吉田蓑助さんと治兵衛の桐竹勘十郎さん。


治兵衛(人形)が情けなさに肩を震わすんだけど、
そのときに桐竹さんが泣いて死んでしまうんじゃないかと
錯覚するような憑依ぶりで、
なのに表情は「無」に近い状態で、
いったいあの人形を使う方々というのは
どういう修業と鍛錬をされているんだろうかとため息が出る。


というわけで、初めての文楽は、とても贅沢すぎる
素晴らしい体験でありました。
わかりやすい物語なのも良かった。


という前言をひっくりかえすこと言うけど、
あたしは実は心中ものが好きではない。
惚れた腫れたにはあんまし興味がわかない。


もちろん、「心中天網島」は遊女小春と治兵衛だけでなく
治兵衛の女房おさんが重要な役回りで、
「義理」とか「暖簾」だとかようけの要素が天こ盛りだ。
あたしが一番好きなのは出来の悪すぎる治兵衛が
爪の垢飲んで死んでまえ!と思ってしまう兄の粉屋孫右衛門。


ほんまに、どんだけええヤツ…の弟思い。


森鴎外の『高瀬舟』の兄ちゃんと粉屋孫右衛門が
あたしの中での理想のお兄ちゃん像かもしれん(適当)。


しかしながら、やはり物語の中心は小春と治兵衛の恋バナで、
小春もよーあんなしょうもない男を好きになるなあと呆れるけど、
あの時代の刹那。あたしには思い計れぬ思いがある訳だし、
女房のおさんがしっかり者すぎるから、
男は浮気をしたくなったんだろうし。


と、十分楽しんだと思いきや、やっぱりあたしは
そんな男女のことよか、性別超えて
人間というものの持つ信じがたい凶悪性や
妬み、限りのない欲望などに興味がある。


なので、近松より西鶴の『日本永代蔵』とか『世間胸算用』とか、
男女でも西鶴の好色もんの方が好みの世知辛い性格なので、
まだ近松なら『女殺し油地獄』とかが非常に好みである。


しっかし、『女殺し油地獄』の河内屋の余兵衛ちゅうのも
ほんまにむかつくほど出来が悪くて、
近松はたぶん、相当、そういう阿呆を色町でみてきたんだろうと
江戸の新町や曾根崎あたりの阿呆ぼんを想像するだけで
「勘当や!」と叫びたい(なんであたしが?)。


てなこともあり(どんなこと?)、
これを機会にまた違う演目で文楽を観に行きたいと誓ったのであった。


ちなみに2回、気を失いました。
三味線とあの声に、魅入られるように夢の世界へ。


それと、事前予習はもちろん原文などではなく
里中満智子先生。
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さすが、里中先生、細かい心象表現など
初心者にはわからなかっただろうとこまで
ものすごく良い予習になりました。


ほんでもって、幕間は文楽茶寮のお弁当。
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肉類はおろか魚類もほとんど皆無の
精進料理のようなあっさりテイストで、
非常にストイックな美味しさでございました。
やっぱり上方は、おだし、だすなあ。


上方のおだしで思い出したけど、
ちょっと前に読んだ高田郁さん。


これからどんどん人気が出ると思うけど、
『八朔の雪』も『花散らしの雨』も
その副題に「みをつくし料理帖」とあるように、
読後に「あーおんちかった」と浜村淳になる美味物語。
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天満を舞台にした『銀二貫』は
寒天を題材にある和菓子を作るまでの物語で、
人情味溢れる小説でありました。
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どちらも素晴らしい良いお話で一気に読めて面白い。


ただ、邪悪な性質を練り固めて作られているあたしには
いささか道徳の時間的に良いお話すぎて、
ちょっと恥ずかしいというか居場所がない。


でも、本当に素晴らしく温かい良いお話なんであります。


どちらも、ぜひ読んで欲しいのは、言うまでもないんだす。


山本一力さんの『梅咲きぬ』が好みなら
たぶんドンピシャであることも、
あわせてお節介であります。










この記事へのコメント

ももまろ
2010年03月21日 06:27
最後の文章は私へのメッセージ?などと勝手に思い込んですぐに図書館で予約した高田郁さんの本、やっっっと回ってきて先ほど読み終えました。
いやあ、荒んだ私の心に沁みる、沁みる!
澪のひたむきさに黒い部分が浄化されました。
一言お礼が言いたくての今さらコメントです。ごめんなさい(滝汗

あおやま
2010年03月29日 13:32
ももまろさん、わかりますー。私は自分の心のどす黒さも浮かび上がりまくりましたが…(笑)。
高田さん、また新作出てますね。
ももまろさんも、またお勧めあったらご教示くださいませ。楽しみにしております。

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