五代目桂米團治さん@『情熱大陸』。

放映五分前からテレビ前で緊急待機していた
情熱大陸』は五代目桂米團治さん。


思い出されたのは連載インタビューの一回目。
夏の真っ盛りの頃なんだけど、
初めてお会いした当時桂小米朝さんは、
予想通りものすごく細やかに人に気遣いをされる方で、
相手が何を欲しがっているのかを考えてくれる方で、
そして背筋のぴんと張った本当に礼儀正しい方だった。


ふとしたときに目にした表情に、
あたしが勝手にイメージしていた「若旦那」の脳天気さはなく(失礼っ)、
大店をあずかる番頭のような、
例えば、落語でいうなら「たちぎれ線香」の番頭さんのような
思慮深く懐の深い憂いみたいなものを感じたんだけど、
といっても、小米朝さんの「たちぎれ線香」も耳だけなので
その表情はあくまで想像だけど、そんな感じがした。


『情熱大陸』で多忙を極める仕事や段取りスケジュールや
米朝師匠の身の回りのお世話など、
おそらくあの真っ直中での撮影や取材だったんだなと、
嗚呼…とうなだれてしまう。


もちろん、そんなことはミジンコもおっしゃらないし
お話にもサービスたっぷりで時間もたっぷりと割いてくださった。


今日の番組を見ても思ったけど、
あたしのかかわらせていただいている仕事もそうなのだが
手を抜くということを、しない人なんだと思う。







落語家になって良かったですか?



という質問に、すこし間をおいて
「わからないです」と答えて、
わからないけれども、
いつかそう思えるように励みたい
というようなことをおっしゃった。
その時の表情も、とても印象的だった。





昨日の夜中、ちょうど『子米朝』という
米團治さん初の著書を読み終えた。
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ご自身のことを、
不器用で甘えのある人間という風に書かれていて、
落語家になってから10年は
ずっと落語を止めたいと悩んでいたともあった。


あまりに大きい「米朝」という師匠であり父。
その名を背負った「小米朝」という名前。
一門の兄さんたち。


ご本人にしかわからない苦悩があったことが
赤裸々に語られていて、
今日の『情熱大陸』では、
その背景を細かく繋ぎ合わせていたように思った。


番組では襲名披露の高座を終えた米團治さんが、
すっきりした表情で笑う姿がラストシーンだったんだけど、
『子米朝』を読んでいたので、
その笑顔がこれから始まる新しい落語人生に対しての
きらきらとした希望と決意みたいなものなのだとよくわかった。
「小米朝」から「米團治」となり、
もはや「米朝」を過剰に意識することなく
自分の芸に邁進したい。
そんなけじめの襲名だったんだと思う。


米團治さんは東京新聞でもコラムを連載されていて、
とても文章が達者な方なので、著書『子米朝』は
とても読みやすくて面白かった。


枝雀さんやざこばさんなどの兄弟子のことや
もちろん米朝師匠のことなど、
興味深くて面白い話がたくさん語られています。


ファンの方もそうだけど、
何かひとつのことを極めたいと思っていて
でも不安ですぐくじけそうになるという心持ちの人(あたしとか)
にもお薦めの本です。


ほんでもって、
これも届いたので連休最終日は自宅寄席でありまする。
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ちなみに、浪花節のあたしは
やっぱり「上方落語」の調子が好きで
どんどんと関西弁が好きになる。
京都言葉、大阪弁、神戸の言葉と違うのもいい。


「はてなの茶碗」や「京の茶漬け」も大好物。
いつか生で聴きたいなあ。


あ、年明けの第一回桂米團治独演会の販売予約チケット…
当たりました(じーん)。




それはそうと、
世間ではみんなが眉間に皺寄せて
不況だドドンパ音頭を重たく踊っているけれど、
そんななかだからこそ、
くだらない話して笑いたい。
財布の紐をゆるめてほどいて
街でご機嫌を与えられたい。



あたしだって、
いつ野垂れ死にするかわからないというか
半分そないなレールを歩いているん気がむんむんにする。



ときどき、夜中に悪夢にうなされて
汗ぐっしょりで不安で胸がぺしゃりんこになる。



だからといって、
テレビのバラエティでいうように
倹約することが最重要課題で、
人集まれば不景気自慢をすることが
そんなに景気回復に、
あるいは人生にええ影響を与えてくれるのか。


嘘でもみそでもちょっとでも、
普段の生活を大事に、ていうか気分良く生きたい。


先行き不安は承知。
あたしなんて最期はカネもなければ
家族もいなくて一人か…ふぅ。


なんて思わないでもないのよ、ほんと。
そこのあなたと一緒なのよ、まったく。


ただ、何十年も重たい気分で生きるなら
最期は思い出だけで迷惑かけて生きるかー。


という図太い神経を持つ人が増えれば
市場にお金がちょろちょろと出まわりだして
あたしもええ死に水飲めるんでは?


なんて、思うのであります。


消費の自由と所有の制限。
頑張って稼いだ分はぱーっと使う。
無い人は助けてあげる。
てことが、難しいからこうなってるんだろうなあ。


でも、やっぱり、使わな。
それと、他人のふんどしは汚いよ。
自分のふんどしでびしっといきたいよね。


なんて話が、
落語にはたんまりある。
だから、愉快で気分がいいのかもしれない。


この記事へのコメント

まつざわ
2008年10月13日 10:57
あおやまさーんっ!私も昨日情熱大陸見て、「落語家になってよかったですか?」の質問のときに、ふっと一呼吸おいたときの小米朝さんの表情がめちゃ印象的でした。それと、偉大なる父、米朝さんがどっかの楽屋で「今日はどないして帰るんや?」と聞いたとき「○○~のお車で・・」ときれいな敬語を使ってはって、何かじーんとするものがありました。襲名披露が終わってからスーツに着替えて汗だっくになりながら、記者の最後の質問に真摯に答えた後、言った言葉。「さ、飲もか!」も良かったね~。あおやまさんのお陰でわたしもちょっとだけ落語の世界の扉開いてみたくなりました。ありがとう。もう世界金融不安の話は飽きました。ロンドンやパリにも行って、ええ舞台観たいなーと思ってます。それよりは、まずは華麗なる松茸祭りからですね~。ひゃーっ。
aya こと A
2008年10月14日 07:57
あおやまさま。

普段あまりテレビ観ないんですが(野球中継除く)あおやまさんのおかげでこの番組をみのがさずに済みました。大大感謝!です。びっくりしたのは一時間前まで何をかけるか決めてはらへんかったということでした。ホンマに”ライヴ”なんやな~。そして、その分”百年目やっちゃった~”の笑顔で涙ボロボロ(大体米朝師匠の姿だけでも泣けて困った)。最近涙もろくて困ります。あら、またしても脱線、すいません。
あおやま
2008年10月14日 10:15
まつざわさま、おはようございますー。
米朝師匠とのやりとりも、本当に綺麗で自然な敬語でしたよねえ(感動)。そういう風に親子といえども師弟の関係を築き上げてきたんでしょうね(ため息) 。
『子米朝』読むと、そのあたりへの思いもよくわかって、いまの時代に生きるひと組の親子の話、親の老後の話みたいな部分もすごく沁み入ります。まつざわさんなら、きっともっと感じ入ることがあると思います。また良かったら読んでみてくださいねー。ロンドンやパリかあーええなあーーー。想像しただけで華やかですー(遠い目)。
あおやま
2008年10月14日 10:24
ayaさま、おはようございます。
私もぎりぎりまでネタ決まってないというのに実は大変驚いておりました。
寄席にいくようになってから、どうして演目を書かないのかなと不思議だったのですが、それぞれの演者が何をやるかは、きっとその公演の流れで決めはるからなんやろうなあと面白く思っておりました(そうなのかは定かではありませんが・汗)。
実はあおやまも放映を観て、涙腺ゆるみまくっておりました。自分の生き方や仕事への取り組みを反省させられたり…。なんか「ちゃんと生きていこう!」と思わせてもらいました。そろそろ来年のことを踏まえて動きはじめる時期になったので、ここらでビシッとしめていこうとか自分手綱をしめました(今さら・笑)。
ていうか、あたしの話はええっちゅうねん(苦笑)。反省でありますっ。ではまたー(年内ぜひ!)。

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