神戸女学院、エミリー・ブラウン記念館献堂式にいく。

せっかく取れていた三宅先生の予約を無念の取り消し。
泣きながらあたふたと案件のやり取りをして、
14時からはエミリー・ブラウン記念館の献堂式のため
神戸女学院におうかがいする。


気持ちの良い秋晴れの昼下がり、
まるで英国の絵本の中に迷い込んだような
ウィリアム・メレル・ヴォーリズ設計の学舎、
ひっそりと陰を落としてくれる木々、
そこから差し込むやわらかな木漏れ日…
なんていうか誰もが村上春樹みたいな小説が書けそうな
あまりに心が満たされる風景。


神戸女学院の日常というのは、
訪れる度に思うけど、本当に贅沢だ。


献堂式もだけれど、
その後に行われる舞踊専攻の学生による公演が
あたしのお目当てだったんだけれど、
献堂式もとても興味深く、なんだかグッときた。


考えてみれば幼稚園から大学まで
ミッション系の学校は未経験のため、
ミッションスクールの行事というものが
まるで新鮮で面白かったのだ。


聖書を朗読したり、賛美歌を歌ったり。
そういうのもだけど、
式辞や祝辞があたしにはとても興味深かった。


たまたま内田樹先生にお会いして
「あれ、なんでいるの?」と不審がられながら
お隣に座らせていただく。


今回、完成したエミリー・ブラウン記念館は
自分たちが建てたものではなく、
神さまが贈り物にくださったものである。
今日この日が来たのは、
自分たちの力ではなく
神さまがそうさせてくださったからである。


というふうに私には聞こえたんだけど、
つまり誰も「ワシがしたったんや!」という人はおらず、
「ほにゃららセンセイ(えらそうなおっさん)のご尽力(お金)により」
などいう話もなく、
誰もが誰かに、そして神さまに心よりの感謝をする。
その喜びを、皆さんに聞いていただけたら…
という感じだった。


そのせいか、
なんだか会場にいるクリスチャンでないあたしまで、
「ありがとうございます」と神さまなのか
何かわからないけど、そのわからない大きなものに
ふと感謝をしてしまっていた。


たぶん、神さまというよりは、
皆さんのそういう気持ちがあたしにも感染したんだと思う。


たいていのこういう行事では、
「はよ終われよ」「つまんない話すんな」という
世にもいらちな女であるあたしなのに、
しかもあんまし関係ないのに、
いきなりそんな心持ちになったのは、
これまた素晴らしい建築であり
荘厳でふくよかな講堂のその空間的影響もあるだろう。


あたしより半世紀くらい人生の先輩である
卒業生の方も多くお見受けしたが、
みんな顔つきがしっかりしていて、
子育てにしろ仕事にしろ人生を存分に、
そして自分を持って生きてきたことが
顔に滲んでいるのさすがな感じで感心させられた。


そんな顔の初老の女性たちが、
良かったわね・ほんと良かったわ・素晴らしいわ
と会話しているのも、素晴らしかった。
彼女たちが喜んでいるのは、
間違いなく自分たちのことじゃないからだ。
自分の卒業した学校の後輩たちを思って
喜んでいる。



エミリー・ブラウン記念館というのは、
神戸女学院の舞踊専攻の学生の
練習場を作るために建てられたそうだ。


その舞踊科の教授でもある
世界的なコレオグラファーである島崎徹先生は、
挨拶の中でコンテンポラリーアートが
いま世界で非常に高値で売買されているという話をされる。


だけれど、舞台上でその瞬間にしか形になることのない舞踊は
売買できるものではない。
誰も売ったり買ったりして所有できるものではない。
つまり、舞踊というアートは誰のものでもない。


所有、消費がなんでも判断基準になる現代社会において
誰も所有できない舞踊というもののために、
わざわざ新しい校舎を建てる神戸女学院が
いかに希有な教育理念を持っているか。
そこで育まれる心というものが
影響するのか、するならいつするのか、
そんなことはわからないけれど、
でも必ずあるはずで、
社会の物差しとは違う物差しでとらえることが
教育には最も大事なんじゃないか。


そんな話だったんだけど、
そうした理想論のような理想を、
現実にかえる学校をあたしは他に知らない。


そんな話ともまた違う
島崎徹先生らしい面白い浅草の団子屋の話も聞く。

神戸女学院は老舗のとりたて派手でもない
浅草の団子屋みたいなもので、
景気が良くてめちゃ売れすることもないけど、
景気が悪くて全然売れないということもない。
世の中のどうのに関係なく、
いつでもコンスタントに団子は売れる。
それはそこにしかない店の味の団子があり、
その味を守り続けて真っ当に商売をしているからだ。
女学院もそんな団子屋みたいな学校だ。
とかそんなお話。


すごくわかりやすい。
そして愛に満ちている。


その20分ほど前に、
同じ話の煎餅屋バージョンを内田樹先生からも
拝聴していたところだったので、
驚きながら頷く、そして笑う。


学生によるコンテンポラリーダンスのふたつの公演は、
ひとつはその迫ってき方に
興奮したのかなぜだか胸が締められて目が滲んだ。
もうひとつは透明で美しい旋律と振付で、
終わってから外に出ると
景色が一層と美しくクリアに感じた。


あたしは学生時代や若い頃に戻りたいなどとは
想像しただけで面倒で考えるのも嫌なんだけど、
でも、もし、高校時代に戻れるのなら、
間違いなく神戸女学院の舞踊科専攻を志望したい。


受かるかどうかは、かなり怪しいけど…。


島崎徹先生みたいな人に教えてもらえたなら、
もっとあたしはふくよかで独創的な編集ができそうな気がする。


いずれにせよ、
毎日あの岡田山を登って学校に通うだけでも
今のあたしよりは奥の深い、
そして性格の良い人間になってそうに思うのでありました。


そ、なんだか、感動しちゃった一日でありました。


この記事へのコメント

まつざわ
2008年09月25日 09:02
☆麗しのあおやまさまっ!

もう冒頭の木漏れ日からやられました~。
神戸女学院行ったことがないのに、ヴォーリーズのあの名建築&空間が思わず立ち上がってくるようです。内田先生のブログもよかったああ。
神戸女学院にはいろんな面で、比べるべくもありませんが、我が母校T学院も実はヴォーリーズの建築だと最近になって知りました。今思えば、小学校の頃から見続けてきたヨーロッパのホテルにあるようなファサードや噴水、講堂のマホガニー(たぶん)の壁や高い天井、ビロードのカーテンや、校舎のあちこちにあった妙に大袈裟な階段とか、いまわたしが好きなインテリアの原型になっていることは確かです(笑)。それにしても!青山さんのこの文章読めば、神戸女学院に通いたい女子が倍増ですねっ~。
何か心が満たされてしまう素晴らしい文章でした。
あおやま
2008年09月25日 11:04
ヴォーリズで育ったまつざわさまー!
と聞いて、なんだかむちゃ納得しちゃいました。まつざわさんの「美」に対する感覚の一部は、きっと恵まれたその環境にも影響してるんでしょうね。そっかー、ほんまに大事やし素晴らしいなあと思います。震災前のあのラルフの建物と内装の感じとかが常に、私の中ではまつざわさんの背後にイメージしてますもん(笑)。

昨日はほんとに良かったです。感激しました。
ていうか、内田先生のブログをいま読んで「そうそうこのことが書きたかったねーん!」と泣けました。どんだけわかりやすくて簡潔(汗)。もう恥ずかしくて椅子がひっくり返ってタンスの角で頭打ちました(笑)。そんな鼻血までぶー子のあおやまは、娘ができたら神戸女学院に通わせたい!という母親の気持ちがはじめて分かった日でもありました。それにしてもミッションスクールに通うまつざわさん、可愛かっただろうなあ。なんだか胸が詰まります(なんでお前が?)。
横やり不肖。
2008年09月25日 12:44
きゃあきゃあ松澤さま~。
僕も昨夜、あおやまさんに
「行間から鳥のさえずりが聞こえた」
というホンマかいなな
感動メールを青山さんに送ったんです。
松澤さんと感動を分かち合えて
なんだか興奮しました。
僕は、娘ができたら
以前取材した小林聖心女子学院、と
心に決めていたのですが
いまは神戸女学院に心が揺れています~。
(なんでお前が?リフレイン)
あおやま
2008年09月25日 20:08
不肖。の娘…なんか泣けるね(なんでお前が?)。

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