『ノルウェイの森』。

久しぶりに『ノルウェイの森』を読み返す。

初めて読んだ日のことを思い出し、
同時にとても大切なことを忘れていたことも思い出す。


お盆に泊まりがけで訪れる京都は
いつもすることがなく退屈だった。
天王山トンネルが30キロ近くも渋滞するドライブを終えて
到着する京都の街は、神戸より暑くじっとりとしていた。
質素で堅実な祖母の家には、
面白そうなものは何もなかったし、
近所の商店街は盆休みでどこもシャッターが下りていて
見て回れる場所もなかった。
北野天満宮にも、正月と違い屋台も出ていない。

はっきり言って、
墓参りの意味もわからない
17歳のあたしには
少しも気乗りのしない旅だった。


その頃は母とは年の離れた叔父がまだ祖母と同居していた。
賑やかでお喋りな叔父は、
思春期のあたしには鬱陶しい存在だった。
気を遣ってかまってくる理由を分かるには
あたしはまだまだ傲慢だった。

やることのないあたしは、
叔父の部屋に入って
並べられたレコードのジャケットを眺めたりしていた。
外人ばかりでちっとも興味が持てなかったが。

叔父の部屋は、ものが溢れかえっていた。
ベッドの上にはシャツやジーンズが重なり合っていたし、
壁にはベートーベンのデスマスクや掛けられ、
マイルスや越路吹雪のポスターがぺたぺた貼られていた。

何より部屋を占領していたのはドラムセットだった。
その足もとを埋め尽くすように、
無造作に本が積み上げられている。

部屋の隙間を埋め尽くすように
見たこともないようなものばかりが
カオスのように渦巻いていた。

グリーンとレッドの装丁の単行本は
その中でひっそりと存在を主張していた。

正直、清潔とはいえないその空間で
その緑と赤の本の控えめで清潔な感じが妙に気になって
こっそりと持ち出して、その夜、ふと読み始めた。

あの頃から京都の夜は暑かった。
母の方針である一定の温度以下には下げてもらえなかったので
どうしようもなく中途半端に暑苦しい状況の中で
あたしは『ノルウェイの森』を読み始めたのだった。

寝苦しいのか、
隣に並べられた布団で何度も寝返りを打ちながら
弟がごにょごにょごにょごにょ寝言を言っていた。

結局、読み終わった時は
窓の外が明るくなって朝が来ていたんだけれど、
あたしはどこか遠いところにいるような気分で
いっこうに眠気はやってこなかった。

感動したのかしなかったのかは覚えていない。
泣いてもいない。

頭の中はボーッとしていて、
ただあるメロディがぐるぐると流れている。

後日、そのメロディをたまたま耳にした。
曲名を確かめると、それはビートルズのNORWEGIAN WOODだった。

それからあたしはすぐさま本屋に行き、
自分で村上春樹の『ノルウェイの森』を買って帰り
クーラーを効かせた自宅の自分の部屋で
ゆっくりと時間を掛けて読み、
そして、読み終わると号泣した。
直子が死ぬとこでも泣いたが、
最後のワンフレーズでも泣いた。
たぶん、あんなに泣いた本は
ほかは『自虐の詩』くらいだと思う。
涙の種類が違うようにも思うが。


『ノルウェイの森』を読むと、
当然のことながらビートルズのNORWEGIAN WOODを思い出す。
でも、叔父の部屋のことを思い出したのは
本当に久しぶりだった。

こないだ行った京都のお墓参りは、
相方とお好み焼きを食べたりビールを飲んだり、
子どもの頃気乗りしなかったことが嘘のように楽しかった。

祖母の家は相変わらず質素で華やかなものは何もなかったが、
叔父や叔母や姪や甥と話をするだけで和む時間に満ちていた。

叔父の部屋はもうない。
リフォームで部屋があったことすらわからない。

叔父があたしに村上春樹を教えてくれた。
そのことを叔父に話したこともない。

あたしは今自分が書いているものを
いったい誰に読んでもらいたいのだろうとずっと考えていた。
何人かの顔が頭に浮かんだが、
その読んでもらいたいはまた意味が違うように思えていた。

今日、ふとあたしは叔父に読んでもらうために
書かなくてはいけないのだと分かった。

たぶんそのことも叔父には言わないだろうと思う。
叔父も気が付かないだろうと思う。
でも、まあそれでいいのだと思っている。





この記事へのコメント

すう
2007年09月04日 18:18
いいお話です。
すう
2007年09月04日 19:00
もちょっと書きます。
自分が17歳の時って、どうだったっけ?って。
オイラの場合は、トーマス・マンの『トニオ・クレーゲル』がそんな本だったと思います。読みながら、マーラーの第1交響曲の第3楽章がずっと頭の中で鳴っていました。
思春期の時って、誰でもそんな作品と音楽に出会っているのだと思います。
あおやま
2007年09月04日 19:34
こんばんは!
本との出会いって、なんか意味が大きいですよね。人生において。
でも、その時はわからないもんですよね。
年を取るにつれて、若い頃に読んだ本にいかに自分が影響を受けたかを実感することが増えてきました。今読んでる本も、きっともっと後でそう思うんでしょうね。
出会いって狙ってできるものじゃないので、意味が大きく感じるんだろうなあ。
すうさんもたくさんの出会いを持っていそうですね。
そういえば、漫画でもたくさん影響を受けたような気がします。

あ、日記面白かったです。コメントしたいけど、サインインがまたできなくて…。
夫婦旅に胸がじーんとなりました。
しかし、ビールほんまに飲み過ぎですっ(笑)。
すう
2007年09月04日 21:07
今回の日記ですか。
あれ、学校が始まった日(昨日)に、家に帰ってからソッコーで書いたためか、はたまた学校が始まったことへの精神的な動揺(←どんなんや)があったためか、脱字や主語の繰り返しとかあって。
国語の先生なのに、恥ずかしいっす。いつもはちゃんとプリントアウトして、読み直して訂正して先生のところに送るのに、今回はチェックが甘かったす。
ああ、恥ずかしい。
でも、三重の旅はよかったです。相差とか、海の幸が激ウマです。ぜひ一度行ってみてください(日記には書かなかったけど、ご飯はウニの炊き込みご飯でした。味は…、想像にお任せします)。
あおやま
2007年09月04日 22:00
ウニの炊き込み!!
通風にでもなってしまえー(笑)。
しかし、美味しいものばかりの夏休みですねえ。
羨ましいっす(涎)。
いつか浜松に行きたいと思っています。
浜名湖も見てみたいし。
いつか、と思うだけで、とても楽しい気分になりますね。
あー旅行したいなあ。いいなあー。

この記事へのトラックバック

  • 金閣寺の歴史

    Excerpt: 金閣寺の歴史1397年(応永4年)足利義満が別邸を造って隠棲した。15年に没するまで政治の中心となりその後、義満の法号にちなんで「鹿苑寺」と号するようになった。現在の建物は昭和30年に再建されたもの。.. Weblog: 金閣寺の歴史 racked: 2007-09-08 03:12