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zoom RSS 桐野夏生『アンボス・ムンドス』を読む。

<<   作成日時 : 2015/01/15 11:27   >>

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キューバでは、
ハバナとサンチアゴデクーバという2つの街に滞在する。
ハバナで予定しているホテルは、
ヘミングウェイが邸宅を構えるまで定宿にしており、
「誰がために鐘は鳴る」を執筆したというホテルアンボスムンド。
彼が宿泊していた部屋はささやかな博物館になっていて、
ホテルそのものが観光スポットのひとつになっているそうだ。



ホテルが位置する旧市街地は、
スペイン時代のコロニアル文化を色濃く残し
その一角に建つアンボスムンドスは、
ピンク色の外壁でランドマークのひとつにもなっているとか。



良いようにいうとクラシカルで雰囲気たっぷりの空間。
つまりオールドスタイルの古いホテルである。
うがった見方をすると、ヘミングウェイという遺産で食いつなぐ
観光都市ハバナのしたたかで遣り手なホテルでもあるだろう。



このホテルアンボスムンドは、
キューバ観光の日本人の多くが訪れるそうだが、
かの桐野夏生さんも立ち寄ったようである。おそらく。
桐野さんの直木賞受賞後の第一作短編集の表題は
その名も「アンボス・ムンドス」。
(Ambos Mundosなので、
日本語ではムンドかムンドスかで表記されている)
このオールドスタイルのホテルが小説に登場する。



Amazonでは、こんな内容説明がある。
<人生で一度だけ思い切ったことをしよう―キューバで夢のような時を過ごした男と女を待ち受ける悪意の嵐。直木賞受賞後の著者の変遷を示す刺激的で挑戦的な作品集。 >



自分が泊まるホテルで、どんな男女の愛憎劇が展開されるのか。
期待でドキがむねむねしながら文庫本を入手した。
7作の短編の最後に掲載されていた。早速読む。読み終わる。
相変わらず嫌な気分にさせてくれるぜ、桐野夏生。
もちろん文句を言ってるのではない。
このような仕事は彼女にしかできないという感謝の気持ちである。



物語は、ある女が小説家に自身の過去を告白する
モノローグの形式になっている。
彼女はかつて小学校で教師をしており、そこで上司である教頭と不倫し、
その不倫旅行中に担当していた学級の生徒にトラブルがある。
そのことで不倫の事実が世間に露呈し、追い込まれる。
彼女と不倫相手の窮地を辛辣な筆で描きながら、
彼女の学級が抱えていたあれこれをあぶり出す。



作家というのは冷酷な一面を持っており、
それがなければ人間について書けないだろうが、
桐野さんの鋭利な筆は、とりわけ計算する女に対して非常に厳しい。
ほとんど容赦がない。
そしてほとんどの女は計算しながら生きている。
いや、女に限らず男も含めて人間誰しも。
意識的に、無意識に、利己的に、自虐的に、ありとあらゆる方向で
何かしら計算することで人は前に進むのではないだろうか。



「計算高い女」といった表現などで
「計算」にはどちらかといえばネガティブなイメージがあるが、
必ずしもそうとは限らない、とわたしは思う。
わたし個人でいうと、
計算なしの無邪気さで人を傷つける人間がもっとも苦手だ。



桐野さんは、つまり人間が計算せず生きていられない様に
これ以上なく冷静なまなざしを向けている。



そこまではたいていの作家がすることなのだが、
桐野さんのすさまじいところは、
「決着のつけ方」容赦がないところだろうとわたしは思う。



人生は計算どおりにもなるし、
計算間違いも起こる。
面白いし哀しいのは、
そもそもの計算式を間違えていることもあるし、
計算間違いが嬉しい誤算となることもある。
人が想定して行う計算は、
その人の可能な範囲の計算でしかない。
そして神様がときどきいたずらをする。



そのどのパターンにおいても
計算が行き詰まったときに人はそこで決着をつけねばならない。
それもまた、それぞれが計算していくしかない。


そんなふうに
人はいろんな性質と容姿と生育環境と事情を持ち、
好むと好まざるにかかわらず人生の選択を迫られる。



どうしようもない選択であっても、
桐野さんは「それは自分が選んだこと」だと、
目を逸らすことをゆるさない。
選択した答えの是非を問うのではなく、
人はそれを「引き受け」ねばならないのだと。



ものすごく後味が悪くても(ということが多い)、
彼女の小説がいつも身体のどこかにずぽりとおさまるのは、
「引き受ける」ことをしても、善悪を決定しないからだと思う。
いろんなものを抱えながら曖昧に生きているわたしには、
くっきりしたものよりぼんやり不確かなものの方が収まりが良い。
後味は悪いのに収まりが良い作品は、
いつまでも身体に残る。



さて、翻ってホテルアンボスムンドである。
その名が登場するくだりは10行ほど。
「アンボスムンド」というホテルの名前のもつ
「両方の世界」「ふたつの世界」という意味についてがほとんど。
具体的なホテル描写は「古いホテル」だけであった。
なるほど(笑)。



とはいえ、このアンボスムンドス(両方の世界)こそが
この短編の軸となっており、
単なる元教師の独白ではない広がりを与えている。
だからこそ、このホテルの名をタイトルにしたのだろう。
すごいなあ。








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